七月八日(火)・マンガを小説化
作者:益荒男鰤




 その男女二人組の目的は消えた猫を探す事だった。少女は何でも屋としての初仕事として、青年は滞納した三か月分の家賃の為に、二人は灰色の猫を探して町のあらゆる場所で聞き込みを続けていた。
 その結果、二人はとある老人からある噂を聞く。近頃猫ばかりを連れ去る一人の男がいるという噂を。
 そして彼女達は今、その男の家を特定した。
 公園でマタタビを撒き、寄ってくる猫を竹を編んだ素朴なゲージに入れ、そのまま何事も無かったように立ち去っていく男を偶然見かけ、その後をつけてきたのだ。
 しかし、青年は迷っていた。男の入っていった地域は街の中でも治安が悪く、少し街に住んでいる人間なら誰も近づかない場所なのだ。
 道の隅には酒瓶が転がり、土壁にこびりついた赤黒い染みや食べ物の饐えたような澱んだ空気は、青年に軽い吐き気を覚えさせていた。
 けれども少女には迷いなどなかった。むしろ希望があった。
 日の光すらまともに届かない路地裏にも、素性不明の男の事も、彼女には何の迷いも生じる事はなかった。その瞳には輝きしか存在しなかった。
 少女は階段を下りていく。背筋を伸ばし、足音は軽く、背後から聞こえる青年の呼びかけに答える事もせず、ただ堂々と下りていく。
 青年は迷う。少女の強さに、己の弱さに、視界のぼやけるような錯覚を覚えながら、青年はひたすら迷っていた。
 少女がドアの前に立つ。自らよりも高いそれを見上げる瞳には変わらぬ輝き。
 青年は迷う。
 少女が錆の浮かぶドアノブへと手を伸ばす。
 青年は迷う。同時に何かを諦めた。
 少女がドアノブを捻るのと同時に、青年は駆け出す。瞳には未だ迷いを、口には一つの悪態をのせて。
 少女が耐久性なども考えず強く開け放ったドアの向こうには、まず暗闇があった。
 そして、迷いと強さをのせた二対の瞳と、驚きに染まる四対の瞳が交差する。

inserted by FC2 system