夜 どすこい春紫
「無理ですよ」
ボクは正直にそう思った。
今何時だと思ってるの? 寝てたんだよ。それを起こしてまで何を言うかと思えば……。
「そう言わずに、コッチに来ませんか?」
そう言われてほいほい行けるわけがない。
夜中の二時、マンションの十三階、窓の外……。
そこに突然現れて奇声を発して、何がコッチに来ませんかだ。
真っ黒なかっこして、真っ白な面つけて怪しいったらありゃしない。警察に電話せず、話に付き合ったげてるだけありが
たい話なんだよ、君。
「で、ソッチに行くとボクはどうなるの? というかボクをどうするの?」
「…………」
あー、もう、考え込んでるよ。よし、追い出そう! うん、そうしよう。
「あのですね。やっぱり出て行ってもらえません? 抵抗しても無駄ですよ。ボクはこう見えてマーシャルアーツやるんで。
さっ、早く出てって下さい!」
「…………」
うーん……。黙られると困るな。いや、話されても困るんだけどね。
ボクは仮面の不審者をじっと睨みつけた。
ボクにあったかどうかは分からないが、そいつは後ろに一歩下がり、二歩下がり、そして窓の外に出た。
外はそいつが立っているベランダが足場なだけで、他に飛び移れそうな場所はないはず。どうやってココまで来たかは
知らないが、とにかく帰ってもらおう。
「……では、コレをどうぞ」
「えっ?」
なんと、そいつは面を手にかけたかと思うと、その下からはやはり仮面が現れた。
二重? いや、そいつの行動はそれだけではない。黒い外套の中から、やはり黒い手で、黒い外套を取り出した。同じ
もの?
「どうぞって……いや、いらないよ。持っててくれよ」
「それではお待ちしています」
「おい、そんな勝手な……って、おいっ!」
うわー……、やっちゃったよ。飛び降りたよ。
ボクはあわててベランダに駆け寄った。
「あれっ?」
眼下にトマトはなかった。どうなってるの?
ボクは部屋に戻る。そして、白い仮面と黒い外套を手に取った。
「コレ、どうしよう……」
ふと、ボクに何か衝動が生まれた。
やばい……来てしまった。