どうか僕よ
CRS




                                         『指輪』


                                     君の手のひらで

                                   犬になって走り回る

                                 喜びを追いかけていく

                                そんな僕には目もくれず  「調印式はもう済んだの、

                                  君は誠実のドロップを   こんな小道具ひとつで。

                                       一飲みにした   私には鍵がかかっているの」



                              君の指輪がきらめくたびに    飾りなんて取っ払っちまえよ

                                気持ちがえぐられていく    装飾の沼から顔を出せよ

                                                    君は僕を人形のように

                             「私には鍵がかかっているの。   ガラスケースに入れて眺めた

                                こんなちっぽけな金属で、

                              どこでも通り抜けられるの」   胸に刺さった君のパズル

                                                   抱き締めたら砂になった

                                     契約が結ばれた

                                    誰かと君との間で    一飲みにされた純真のドロップ

                                    誰かと君との間で    届かない僕の遠吠え

                             おそろいの手錠がはめられた    首輪をつけて君ははしゃぐ

                                                   犬になって走り回る

                              君には見えない下層の世界

                                  指輪の中の小さな円    君の指輪がきらめくたびに

                                その中で君は踊っている    気持ちが麻痺していく

                            その外で僕は立ち尽くしている    君は僕を人形のように

                                                  ガラスケースに突っ込んだ



                                        胸に刺さった君のパズル

                                        抱き締めたら泣き崩れた





『むなしく響け僕の遠吠え』



ガンジス河を泳いで渡る

君の世界はそんなふうだ



泥まみれの聖なる流れに

純化を求めて汚れていく



生きることに意味がなくて

それでも今日も米を炊くなら



誰もいない何もない場所に

咲いた一輪の花のように



触れることもできないのに

月に両手を差し伸べるように



ガンジス河の君の世界に

むなしく響け僕の遠吠え





『キャンディー』



僕とあなたは向かい合った

僕は言った「何か欲しい、何かおくれ」

あなたは手に持っていたキャンディーをくれた

僕はそのキャンディーを食べてしまった

僕は言った「もっと欲しい、もっとおくれ」

あなたは言った「私も欲しい」



僕は持っていたキャンディーをあげようとした

けれどキャンディーはなかった

僕はポケットをひっくり返し

体中を探し回った



そして、やっとひとつのキャンディーを見つけた

僕はそのキャンディーをあなたにくれてやった

あなたはそれをうまそうに食べた

それは僕の命だった





『化石』



もう昔には戻れない

黄金時代、あれはあの時だけだったのだ

これから先はもうあり得ない

僕には無限の狂喜はもう訪れない

君よ、僕は君の光にはなれない

僕の内面は闇に変異した

君よ、他の生き残った人と手をつなげ

僕はもう敗北者だ

可能性という言葉が、僕の皮の上で化石になった



精神を囲う壁は死んでも破れないのだろうか

視界を区切るナイフは狂っても折れないのだろうか

いくら叫んでも君は来ない、叫びきれない

残された僕と時間と現実の嘲笑い



呪われた無知の世界へ

あなたは何人死人を出しましたか

あなたは何人絶望させましたか

あなたはいつまで在り続けるのですか

あなたを殺す兵器は僕の中にありますか

あなたは僕を殺せますか

僕はあなたに死ぬでしょうか



君の手のひらでぐるぐる回っていれば

いつか人生は終わるものと思っていたのに!





『からっぽの僕と苦しみ』



君が矢になって

僕の頭を貫いた

だけど僕にはもう

血なんて流せないよ



君の笑顔を見たって

ただ目に映るだけで

からっぽの喜びと

からっぽの世界



君が僕の苦しみなら

もう離れた方がいいのかな

でも君で僕がダメになるなら

刺してくれよ 君の手で



君に会いたいはずなのに

このまま消えてしまいたい

発狂できたら

もう悩まなくて済むのかな



君の笑顔を見たって

不安になるばかりで

孤独と不信が

背中に刺さっている



君が僕の苦しみなら

もうどこにも求められない

君で僕がダメになるなら

こんな世界もういたくない



君と手をつないでも

僕は何も変わらない

君が身を削っても

僕は谷底に落ちたまま帰れない



どうしてだろう





『だから君と空を眺めていたい』



君と一緒にこの空を

いつまでも眺めていられたら

生きる意味なんて探す必要もないのに



「何がしたい」

「何が欲しい」

なんでそんなに自主的でなきゃならない?

木や草や花のように

雲のように 海のように

風に吹かれて揺れていられれば

それで良くないか?



希望も見通しも勇気も失っていく毎日の中で

僕はそう思うようになった



無力の海に落ちて その水をたくさん飲んで

僕は君から遠ざかっていくけれど

君の中の闇が僕に微笑むから

僕はいつまでも君を見ていられる



君がいなくて僕一人なら

きっと全てを忘れに放浪の旅に出られるだろう

君と僕が一緒なら

僕らはつぶれてしまうだろう



その矛盾がいつまでも僕に突き刺さっているんだ

堕落なんてしたくもないのに





『この世界を知っていくほど僕らは夢をなくしていく』



この世界を知っていくほど

僕らは夢をなくしていく



勝手に作った世界に

勝手に君を置いて

勝手に未来を作って、崩れて

勝手に傷付いて



僕は君に何を言えばいい?



すすだらけのトンネルの向こうに

すすだらけの君がいて

僕はそこに行けなくて

思い余った日々が過ぎる



君に傷付いて、僕を傷付けて

君を泣かせて、僕は変異する



それしかできないんだ!



この世界を知っていくほど

僕らは自分を作り変えていく



くたばっちまいたい

何も見たくない

聞きたくない

このままくたばっちまいたい



君の心に咲いた花

僕の心で枯れた花

このままくたばっちまいたい

君は何のために僕の名前を覚えた?



「気付きもされずに傷は痛むだけ」

君は何のために僕の名前を覚えた?

「涙も流れずあなたを想った」

くたばっちまいたい





『破滅病の僕は』



栄光と

期待と

君の笑顔で

僕の心はからっぽになった



父の生き方が土になり

母の言葉が水をかけ

ウイルスの芽は伸びていった



時々狂ってダメになる僕を

君に受け止めてほしいけど

そうしたら僕と同じになるだろう?

破滅病の僕は君と手がつなげない



僕の腹の毒を全部

君にぶっかけたいけど

そうするには君は余りに神聖だ

破滅病の僕は君と手がつなげない



生まれた理由

前世の記憶

今は持っていないんだから、過去は関係ないんじゃないか?



君に何を捧げたところで

それに破滅の花が咲く



裏切られて

苦しめられて

生きる義務から解放された僕は

ナイフを選びながら

君の涙に縛られながら



真夜中に焚く線香のように

くすぶりながら目を閉じる



その繰り返しだ





『僕なんかのために泣くなよ』



僕なんかのために泣くなよ

僕なんかをこの世につなぎ止めて

一体どうするっていうんだ?

何もできない僕を

この世界に目を向けない僕を

つなぎ止めてどうするんだ?



音楽剤の海につかって

本の世界に逃げ込んで

僕は孤独の首を絞める



君の優しさが

僕の自虐に痛みを注ぐけれど

寂しさと飢えが閉ざしたこの両目

今さら開けないよ



苦しいだけの毎日

満たせないなら壊したっていいだろう?

君には満たせない僕の空洞

もういいだろう?



僕なんかのために泣くなよ

音楽剤の渦に飲まれて

本の世界に全てを売って

孤独を殺す僕なんかを

君の優しさで

ごまかすことはできても

満たすことなんてできない

それがわかったから



苦しいだけの毎日

この世と僕をつなぐ糸

いつ切れたっておかしくないんだ

もういいだろう?





『ジレンマ』



逃げようとしてばかりなのは

立ち向かう理由がないから

そこまで生きたいとは思えないから

でも



何もする気がしない

このまま廃人になるよりは

死んでしまいたいけれど



何がしたいのかわからない

何にもしたくない

けれど何にもできない自分が悔しい

惨めに生きるよりは死にたいけれど



やる気をなくした人間を

希望をなくした人間を

立ち直らせるにはどうしたらいい?



この世を見捨てた人間に

自分を見限った人間に

火をつけるにはどうしたらいい?



「死んでも何にもならないよ」

生きたらどうなるっていうんだ?

言葉で変われるんだったら

とっくに変わっている



こっちに来なよ ナイフ君

君に刺されたがっている

赤い宝石がここにあるよ



でも

君はそれを刺した後

ねじ折られているかもしれない



羽を広げられなかった

蝶の憎しみに





『そうなればいいけれど…』



あなたの奥に詰め込まれた

悲しみの石を磨いてあげたい

いつかそれが宝石になって

あなたの命から光を放つように



僕はあなたの支えになりたい

あなたが僕にそうするように

あなたを死から引き離す

力と温度に僕はなりたい



そこに存在理由を見いだしたい



あなただけじゃなく

誰の支えにもなりたい

たくさんの人の支えになって

この世と僕を結んでいたい

そうなれば そうすれば

僕は生きていけるだろうか?

何の支えがなくても



そうなればいいけれど…



僕は人を差別してしまう

正義顔なんてできない

でもあなたの力になりたい



自己満足のため?

善人になりたいから?



それはわからないけれど…



あなたが僕にそうしたように

この世に、生に目を向けさせる

あなたの、誰かの支えになりたい

そこでやっと、僕は自分を肯定できる



生きていける





『変わってしまった』



昔だったら

それを見てとても喜んでいたのに

今は悲しくなってしまう

そんなものがあるのに気付いた



あるいは思い出

あるいはエゴイズム

あるいは人

あるいは



そんなふうに

夏の雨の湿気を吸って

僕は変わってしまった



捨てていいものと

癒さなければならないもの

長い間塞ぎ込んで

ようやくわかった気がする



晴れた日に

外で遊んでいたつもりでも

家にこもっているのと変わらない

長い雨が続いている

その家の中で

ようやくわかった気がする



捨てた方がいいものと

投げ捨てた泥の中から

拾って来なければならないもの



時間をかけて、それを拾えるだろうか

僕は変わってしまった





『ビターチョコレート』



ビターチョコレートほおばりすぎて

僕の味覚はおかしくなった

ビターチョコレート詰め込みすぎて

副作用で発狂した



甘みのないチョコレート

苦みしかないチョコレート

頭からかぶったら

視界から色彩が消えた



君の手が、あいつの手が

僕の手が、誰もの手が

僕の口にビターチョコレートを放り込む

次から次に押し込んでくる

飲み込むと苦しくて、苦しくて

苦しくて僕は黒い妄想に縛られた



味のない水を飲もう

息もつかずに飲み続けよう

気が遠くなるまで

口も胃も水で一杯にしよう



味のない水を飲んで

頭ごとそれに沈めよう

水だけ飲んでいよう

味覚が戻っても

ずっとずっと、ずっと



もうやめてくれ





『腕をかすめる』



ドアに窓に鍵をかけ

片付けた部屋のまんなかで

誰も僕を見つけられない

そっと腕をかすめる



 何度か切ろうとしたけれど

かすり傷ひとつつかない

握る手に力が入らない

更けてゆく夜



“何度も切れば切れるようになる”

きっとそういうものだろう

薬を飲んで床に就く

止まらない妄想



「今日は…」「明日は…」

思い惑いながら妄想だけが乱廻する

今日もまだ生きていた



ドアに窓に鍵をかけ

片付けた部屋のまんなかで

誰も僕に手を出せない

虫に食われて腐ってゆけ



何度切ろうとしても

かすり傷ひとつつけられない

“切れるまで切れば切れるよ”

握る手が震えている



ふと君の言葉がよぎる ふと君の態度が浮かぶ

深い安らぎを求めて

混乱の出口を探して

“キレルマデキレバキレルヨ”

さっと腕をかすめる



赤い光が閃くまで





『すべり台と崖』



僕と同世代の人たちが

みんなすべり台をすべっていく

すごく楽しそうだ

僕の周りの人たちも

ほとんどすべった人たちばかりだが

僕はすべっていない

僕もすべりたいが、それにはすべり台用のチケットが必要だ

でも僕にはチケットが配られなかった



周りの人たちは僕に言う

「絶対すべった方がいいよ」

「すべらなきゃもったいないよ」

僕は言う

「チケットがないからすべれないんだ」

するとこう言われた

「もらいに行きなよ」



僕がチケットをもらいに行っても

どういう訳かいつも品切れになっていて、手に入らない

どうしたらいいんだろう、と考えながら

すべり台とは逆の方へ歩いていくと

目の前にすごく高い崖がそびえ立っていた

どこからか声が聞こえる

「私を登ってみなさい…」

もう一度耳を澄ましてみる

「すべり台がすべれないのなら、私を登りなさい…」





僕は意を決して崖に飛びついた

遥か頂上は雲に隠れて見えないが

僕はよじ登ることにした



どうか僕よ、落ちないで

このまま登りつめてくれ

いつか頂上にたどり着いたら

声を枯らして絶叫しよう



「すべり台もすべらないで、

 一体何をやっていたの?」

「僕は崖を登っていました。

  ただ崖を登っていたのです。

頂上が雲に覆われて

 先が何も見えない崖を

 手から、指から血が流れて

 ひたすらよじ登っていたのです」



「チケットがないからすべれないんだ」

くたばれすべり台



疲れたか、苦しいか

でもお前の居場所がここにある

どうか僕よ、落ちないで

このまま登りつめてくれ

いつか頂上にたどり着いたら

きれいな血を吐いて絶叫しよう

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