双奏曲 こうひいみるく
輝くシャンデリアと絶え間無い人々の歓声が、都に夜を忘れさせる。舞踏会の最中、華麗に着飾る人々の輪をくぐり抜
け、少女の瞳は、ある人物を探し彷徨っていた。
「お姉ちゃんっ!」
声を怒らせ、その人物へ迫る少女。その視線の先には、若い貴族の男に肩を抱かれ、困惑する姉の姿があった。
「だめじゃない、私から離れちゃ」
少女は姉の腕を取り、むりやり、男から引き離す。男が眉をしかめ立ち去るのを見て、姉は安心したように笑った。
「ありがと、ルナ。私、こういう場所慣れてなくて」
「べ、別に助けたわけじゃないわ」
無邪気な姉の笑顔に、つい胸がときめくのを感じ、少女はそっぽを向いた。
この少女……ルナと姉のミナ。二人はよく似ている。瓜二つといってもいいだろう。それもそのはず、二人は双子だ。十
四歳の乙女らしい華奢な体つき、妖精の紡いだ糸のような淡い金髪。だが受ける印象は、まるで異なってみえた。
鮮やかな緑を基調にした動き易いドレス。きつめの眼差しに、肩の辺りで短く切り揃えた髪のせいで、一見、男の子に
も見える妹のルナ。
露出の少ない暗赤のドレスに、青のリボンで飾った、腰まで届く長い髪と、いかにもお嬢様な風貌の姉のミナ。
だが二人とも、動き出せば人を惹きつけずにはいられない。
「ルナ、踊りましょう!」
「ええっ、お姉ちゃんと?」
顔を赤らめ動揺するルナと、無邪気に手を取るミナ。花に舞う蝶のように可憐な二人のダンスに、舞踏会場のあちこち
から羨望のため息が漏れる。伯爵令嬢らしい気品と優雅さ。双子でありながら正反対の気性に生まれた二人の愛らしい
姿が、輝くダンスホールに更なる華を添えていた。
さしもの喧騒も過ぎ去って、舞踏会も終わり、都の夜は静寂を取り戻す。屋敷に帰ったルナは、浴室で、湯船に薔薇の
花びらを浮かべ、身体を温めていた。
(なんで私、こんなにドキドキしてるんだろう?)
脳裏に浮かぶのは、舞踏会で握った、姉の掌の柔らかさ。活発な性質の自分とは違う、細くて、たおやかな指の感
触……。
「悪い病気、かな」
いつからだろう、姉の顔をまっすぐ見られなくなったのは。昔は、内気なミナが男の子に虐められていると、ルナが助け
に入ったものだ。でも、二人一緒に大人に近づく内に、次第に不思議な気恥ずかしさが胸に芽生え始めたのだった。
奇妙な頬の火照りに、のぼせたかな、などと考えていると、
「ルナ、一緒に入ろっ」
「お姉ちゃん!」
思わず裏返った声で、湯船から飛び出すルナ。その強張った表情に小首を傾げながらも、ミナは無垢に笑いかける。
「ね、私がお背中、流してあげるわ」
「別にいいってば!」
あわてて湯から上がり、浴室を出ようとするルナ。と、湿ったタイルに足を滑らせ、転んでしまう。
「きゃっ?」
図らずも、姉に抱きつく格好になってしまった。生まれたままの姿で密着する二人。白い肌に、熱い鼓動を直接感じて、
ルナの顔は耳まで真っ赤に染まった。
「ご、ごめんなさいっ!」
不自然なルナの焦り様に、ミナは怪訝な顔で、瞳を覗き込んでくる。その視線に、ルナの頬は茹でた蟹のように、ます
ます火照ってしまった。
「ルナ、どこか痛いの?」
心配そうに指を伸ばすミナ。
(違うの……)
全部、違う。痛いんじゃない。もちろん、ドキドキしてなんかない。
(私は普通の女の子だもの。女の子同士で、それも双子のお姉ちゃんに、その、恋だなんて……!)
「違うのっ!」
張り上げてしまった声に、ミナが、びくっと震える。その瞳が潤んでくるのを見ると、ルナの胸は何故か張り裂けそうに
痛み出す。
唇を噛み締め、浴室を飛び出すルナ。その走り去った後には、かすかに涙の粒が舞っていた。
「んっ……」
勢い良く水をかぶって、ルナは思わず顔をしかめた。春とはいえ、井戸の水はまだまだ冷たい。
「なんで私、どなっちゃったんだろう?」
涙目で、小さくつぶやくルナ。赤い薔薇咲く、館の裏庭。小さな古井戸の傍らで、彼女は水をかぶり、頭と身体の火照り
を静めようとしていた。
「お姉ちゃん……」
ちっとも静まらない。どれだけ水をかぶっても、すぐにミナの笑顔が心にちらついて、ルナの小さな胸は熱くなるのだっ
た。
(やっぱり私、お姉ちゃんに恋を?)
ミナが微笑んでくれると、自分も嬉しくなって。そして、彼女が泣くと……。桶の水に映りこんだ自分の表情に、ルナの
頬へ、しずくが伝った。
「あの、ルナ……」
ふと気づくと、水桶に、ミナの泣きそうな顔も映っていた。
「お姉ちゃん?」
「あの、私、なにか怒らせちゃったのかな」
言いながら、ミナの瞳がまた濡れる。そんな姿にルナは、あわてて涙をぬぐい、振り向いた。
「ち、違うよ、お姉ちゃん」
ルナは心配かけまいと、つとめて明るい口調で、
「私だって、もう十四だもの。そんなに心配しないで。さっきは、少しのぼせてただけ」
「そっか、良かったぁ」
心底ほっとしたように、微笑むミナ。
「最近ルナ、私のこと避けてるように見えたから。嫌われてるんじゃないかって、心配だったの」
その言葉にルナの胸は、ずきん、と痛む。
(そんなわけ、ないよ……)
嫌いだから避けてるんじゃない。好きだから。でも、それを認めるのが怖いから。
(そう、大好きだから避けてたの)
「ねえ、お姉ちゃんは私のこと、好き?」
ルナの唇から、想いが零れる。不躾な問いに、ミナは迷うまでもなく微笑んで答えた。もちろん好きよ、と。
(違う。私の『好き』とは違う『好き』)
切ない想いに、胸がいっぱいになる。でも、それでもルナは、思わずミナに抱きついていた。だって、もう自分の『好き』
に気づいてしまったから。禁断の恋でもいい。正しいか、間違ってるかなんて、この胸を焦がす想いに比べれば、ちっぽ
けなもの。
好きなものは好き。それを受け入れて、少し楽になれた。せいいっぱいの愛情を込め、ルナは、そっとミナの頬に唇を
寄せる。
「私も大好きだよ、お姉ちゃん」