見捨て理
みいあ




 血。血。血。


 洗い流さなきゃ。

 この汚らわしい血を。


 ――汚らわしい?

 私はこの人のことを愛していたんじゃなかったの?

 愛するあの人の体液を、どうして私は汚らわしいなんて思うの?


 《簡単なこと。

  あなたはあいつのことを愛してなんかいなかったのよ》


 じゃあ何で私はあの人を殺したりしたの?


 《簡単なこと。

  あいつが他の女のところへ行くのが許せなかったからよ》


 それって、私があの人のことを愛していたってことじゃないの?


 《違うわ。

  あなたはあいつのことを愛してなんかいなかったわ》


 どういう意味?


 《だってよく考えて御覧なさい。

  もし本当にあなたがあいつのことを愛していたならば、あなたは相手の女を殺しているはずよ。

  そうでしょ?》


 あ……。


 《あなたは、あいつに浮気されて嫉妬していたわけでもなく――どこの  どいつかも知らない女があいつを誘惑したことに腹を立てているわけで  もなく――

  あなたは、あいつが自分を選ばなかったことに憤ったのよ》


 私を。


 《いいえ、あいつじゃなくても、たとえばあなたの一番の親友である恭  子があなたを裏切ったならば、あなたは恭子を殺していたはずよ。

  いいえ、殺すはずよ。

  これからだって何が起こるか分からないもの。

  裏切られ見捨てられ誰の記憶にも残らなくなって誰からも必要とされ  なくなるかもしれない。

  いいえ、きっとなるわ。

  だってあなたは人を一人殺してしまったんですもの。

  あなたが今もまだ握っているその包丁で。

  血だらけのその刃で》


 あ……。血、血……ち


 《ふふ。

  今のあなたのその姿を見たら、恭子も知美も遥もあなたの親でさえも あなたのことを見捨てるでしょうね。

 真っ赤よ、あいつの血で。

  真っ赤》


 血……真っ赤、血ち、血血ち血ち

 いや、みんな私を忘れないで!

 私を見捨てないで!

 血血ち血

 そうだ、洗い流さなきゃ。

 水。水。水。

 ああ、紅くなくて(透明で)汚くなくて(清潔で)私を助けてくれるの!


 水道の蛇口をひねる→水が流れ出てくる。

 左手ですくって→右腕についている血を、


 ダメ!

 乾いて固まってこびりついてる。

 真っ赤を通り越してどす黒いカタマリが――

 とれない!


 どうして!?

 このままじゃ私は皆に見捨てられてしまう!

 水で血を水で。

 水で、きれいな水で、洗い流《ひとつ、教えてあげる。



  血は水で洗い流せるけれど――

  血は血でも洗い流せるのよ》


 血を血で……?


 ああ、いいかもしれない。

 それは素晴らしい考えだわ。

 あなたの血を私の血で。

 ちょうどここに包丁もあることだし。

 私の血で。



 これで私は誰からも見捨てられない?


 《ええ。

  あなたが最期に自分を見捨てたから、もう平気》

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