最後の言葉




 高台の公園からは、わたしたちの街と海が見渡せる。

 大きな交差点を、ひっきりなしに車が走っていく。

 留まり続ける鉛色の雲が雪を予感させる空を、

 東に向かって飛行機が飛び去っていく。

 ふたりはベンチに座っている。



 その子は、コンビニの袋から模型飛行機の袋を取り出した。

「ヒコーキ? おかしにしなかったの?」

 その子は何も言わずうなずく。

「へぇ、好きなんだこういうの」

「はじめてかった」

「え?」

「……かったのはじめてだよ」

「そ、そう」



 その子が初めて手にしたヒコーキをぶきっちょに組み立てているあいだ、わたしは黙ってかじかんだ指先や、風がほお

をくすぐらせる髪を見つめていた。

 ときどき、小さな足へ視線を泳がせていた。ひっかけただけのぶかぶかの靴が大人物なのとか。地面につかず揺れて

いるつま先とか。ところどころに隠れている、なま新しい青アザとか。

 犬を連れた人がやってきて、公園を一回りしていった。

 この子と初めて出会った、つい先程のことを思い出してみた。



 休日の朝は眠っていたいお母さんは、さぼって朝食を作ってくれないから、ブルーベリージャムトーストを一枚っきり、暖

めたミルクで流し込んで部屋に戻った。窓辺の赤いポインセチアに水をやって、さぁ今日は何をしようかと思って窓から公

園を覗いたとき、この子がやってきたのだ。一人だけで。手には何か袋を下げている。

(わ、もう遊びにきたんだ、はや〜い。寒いのに元気だなぁ)

 公園はわたしの家の隣にあって、わたしの部屋の窓からは公園の様子がよく見て取れる。

 大げさに言えば、『わたしの庭』。

 友達が遊びに誘いに来るのは玄関からでなく公園からである。窓のすぐそばにある大きなケヤキに登ってきて、窓から

こんにちわと言うおちゃめな子もいる。かく言うわたしも、夜中とかお母さんに見つからないようにこっそり家を出たいと

き、この脱出口を利用している。……わりと日常的に。

 目の良いわたしにとって、高い所は何でも見えてけっこうおもしろい。なので、普段から公園を遊び場にしている子供た

ちを、ぼ〜んやりと見ているだけで時間を過ごすこともある。

 ……あまり、活発だとは思われてないみたい。

 その子は窓のほぼ真下までやってくると、ケヤキの根元にしゃがんで何かを始めた。

 ケヤキの根元、植え込みをシャベルで掘り返して、穴を掘って……何してるんだろ?

(宝物……でも、隠してあるのかなぁ。まーさーかー、わたしの庭でわたしの知らないうちに、そんな好き勝手なこと……)

 知らない顔……に見える。

 ちょっと伸び放題の髪、うす水色のダッフルコート。

(見たことの……ない、子だ。……ふふ、よし!)

 わたしはわきでる好奇心とイタズラ心に、実に素直に従った。

 いそいそとくつをはく。もちろん玄関にあるくつとは別の。部屋の中に常備済みのスニーカー。ポインセチアを淡いクリ

ーム色のテディベアの前へずらしてよけて、出窓に足をかける。

 カラリ、よっっ……とっ

 慣れたおかげで木登りは大得意になった。あまり枝も揺らさず、音も出さずにすむ程度には。次から次へと枝をかいく

ぐって降りて……、あの子の上から……と、

 油断。

 ポキッ

(あッ――!!)

 袖に枝をひっかけた。折った。

 それはまっすぐにその子をめざして落ちてゆく。

(あっあっ! あぁあぁぁ! まってぇぇぇぇ!)

 待つわけがない。心の叫びもむなしく、その子のちょうど目の前に枯れ枝は落ちた。

(あっぁああぁあまぁーづぅーいぃーぃあ〜気づかないで〜気づかないで〜こっち見ないで〜こっち見ないで〜見んな〜!!)

 タップリと、十秒は冷や汗を流した。

 ……運がいいのか、それとも鈍なのか、その子は下を向いたまま。……助かった。

 わたしはひとつ呼吸をおいて、早鐘を打つ心臓を落ち着かせた。驚かせるつもりのこっちのほうがドキドキしてしまう。

 気をつけて、慎重にケヤキをおりながら、

(あぁぁ、もう! わたしのほうが寿命ちぢまったわ……。うぅ〜こうなったら! 盛大ににおどろかしてやる!)

 幹にしがみ付いたままそんなことを考えながら、降りていく。その子に接近! いよいよ至近距離!

「ゴメンね……」

「えっ!?」

 またしてもドキリ。しゃべったのだ、その子が。間抜けにも驚いて声まで出てしまった。

 きっ……気付かれては……、ない、みたい……だ、けど……

(……なに? 『ゴメン』って)

 その子は地面にむかって謝っている、ようにわたしの視点からはそう見えている。

 じッ……隠れて見えない手のひらに、何か持っているようだ。

「ゴメンね、ほんとにゴメンね」

 掘り返された穴に置かれたそれは、小さな小さな、まっ白い仔猫。

(死んで、るんだ……)

「お母さんから、ごはん、もらえなくて……ごめんなさい」

 わたしは声を発することも動くこともできなくなる。間抜けにも、幹にしがみ付いたまま。

 その子が亡骸の埋葬を終えるまで。

 白い毛なみが少しずつ少しずつ土に埋もれていって、見えなくなっていく。ただ、じっとしていることしかできなかった。

(お母さんが飼うの許してくれなかったのかな……)

 考えられるのはそんなことだけ。

「ごめ、ん……」

 グスッ……

(泣いてる――)

 その子は、うずくまったまま。

 海から吹いてくる風で、ほほが冷たかった。



(……そ、そろそろ、うでが――)

 しびれて……力が入らなくなってきた。これでは折り返して登っていくのは非常に難しい……というより、すでにつかま

ってるのもツライ……。

(バ、バカみたい……わたし)

 そんなときだった、その子が立ち去る様子を見せたのは。不幸中の幸い、というのもおかしいけど。

 この時のことは今でもちょっと後悔している。

 その子が袋にシャベルを入れ、立ち上がろうとした瞬間、

(あっ)

「まって!」

 呼び止めてしまったのだ。……思わず。

 どうしてか――って、なんだか他人の大事な瞬間を、盗み見てしまって悪いことをした気が……。いや、そんなことより

もっと単純に、その子が気になっただけのことで。すっごく、すご〜く気になっただけで。ちょっと……心配にもなってい

て。

 だから、思わずなのだ。

 思わずなのだからして……次の言葉が出ない。

(えと、ええと、ええぇと……)

 その子はきょとんとして、こちらをずっと見たまま。

 ……何も言わない。

 ……こちらも何を言っていいかわからない。

 結果、わたしたちはお互い黙って、見つめあった。

 その子にしたら、仔猫の埋葬に来て、突然呼び止められて、呼び止めた人は樹にしがみ付いた知らない人で……何が

起こっているかわからないのも当然で。……ふ、フツーに反応に困る。

 永遠……にも思える長い沈黙。気まずい。とてつもな〜く、気まずかった。き、ききききっ気まずいにも程がある。気ま

ずい度が限界に達し、またしても口は勝手に開いた。

「きみ、だれ?」

(わ、わたしが言うセリフじゃない気がする、これ……)

「……ちか」

「え…………。」

(え?)

「ちか、だよ」

「……おねえちゃんは?」

「へ?」

 その子は軽く眉をひそめて、さらに訊いた。

「おねえちゃんは、なんていうの?」

(あ、えと、えとえとえぇととと、あの)

「わたし、楓」

「かえで?」

「うん、楓。」

 ――その後、わたしはそこで何をしてるのと問われる前に、

「おかし買いに行かない?」

 と誘ったのだ。強引に。

 驚かせるつもりだったことをごまかすために。

 ……ケヤキにしがみ付いたまま。



「――できた。」

「あ、完成? ねぇ、飛ばしてみなよ」

 おもむろに飛行機を振りかぶるちか。

「や、紙ヒコーキじゃないんだからさ」

 ひゅっ カツンッッ

「……とばない」

「なんかちがわない、それ」

 ぱこッ とてとてとてとてとて……拾う。

「ねーぇ、なんか飛ばすものなかったっけ、わゴムみたいなの」

「ん……。」

 ガサゴソ

「あ、それそれ、それだよ」

「ちょっとかして」

 ぐっ――……

「ぼく、やる」

「あ、ごめん……えとね」

「こうすればいいんでしょっ」

 ちかが羽の片方にゴムをかける。

 くにっ

 ……胴体と羽のツナギ目がまがった。……三秒の沈黙。

「それ、ちがう」

「ぅぁうぅ……」

 ちかは小さくうなると、私にヒコーキとゴムをさしだした。

 恥ずかしそうな唇と染まったほおがみょうに可愛らしくて、顔がすこし笑ってしまった。

 わたしはにっこりとして、それを受け取った。

「こう、こうするの」

「うん…………」

「やってごらん、はい」

「うん」



 ……ヒュッ――



 その瞬間、表情がぱぁっと変わったちかを発見した。まぁるい瞳が光ってて、興奮したほおに赤味がさして、今まで引き

結ばれていた唇が少し大きく開いた。

 少ないおこづかいを提供してあげたかいはあったな、と思った。

 鉛色の空を切って進むカラフルなヒコーキを、ちかはずっと見つめていた。ヒコーキが見えなくなるまで……そう、ヒコー

キが――

「ねぇ」

「ん?」

「飛んでっちやう」

 ヒコーキは、空高く、まさに公園を飛び出すコース一直線。

「え? あー……ああぁあッ!」

 慌てて公園の手すりまで駆け出し目で飛行機を追う。

「あー……。」

 風に飛ばされ航路を変え、手前の住宅のあたりを目指して降下していく。交差点へ落ちなかっただけマシかもしれな

い。

 くい。くい。袖が引っ張られている。

「ねぇ、いこ」

「ん?」

「ヒコーキとりに」

(え、ちょっと、見つかる――かなぁ……)

 わたしは少し黙ってしまった。

(見つかって……壊れてないといいけど)

「せっかくかってもらったんだもん、おねえちゃんに」

(――…………)

「いこう、おねえちゃん」

「うん! 行こ!」

 ちかの手を取る。

 てってってってっ。たったったったっ。

 坂道を下りながら、わたしは少し嬉しくなった。



 残念ながら、ヒコーキの羽はしっかり折れ曲がっていて。

 ヒコーキを探し当てたときには、二人ともすっかりお腹がへっていた。

「かえろーお腹すいたよー」

「うん……でも、きょう、がっこうないからきゅうしょくないし……」

「え、お母さんは? お昼ご飯作ってくれないの?」

「おシゴト……」

「そっかぁ……」

(どこのお母さんもおんなじかぁ……やだなぁ)

「…………」

 ちかは黙ってしまう。わたしも黙ってしまう。長い沈黙。

 ……ぐぅぅーぅ……

 切実な訴え、ちかのおなかの虫。……お約束だなぁ。

「あ、じゃーあ、あー……ねぇ、うちで食べたらいいじゃん」

 テキトーなことを言う。

「おねえちゃんち?」

「そ」

「いーの?」

「へーきへーきっ。行こっ」

 ぐい、と手を引っ張っていく。わたしのうちまで。



「おーかーあーさーんん! まぁだ寝てるのー?」

「おかあさん、いないの?」

「いるんだけど、寝てるー」

 ぶー。ふくれっつらになってみる。

「じゃあ……い」

「あ、ねぇ! お昼ご飯わたし作るよ!」

 途中でさえぎるように提案する。『じゃあいいよ』と言われてしまいそうだったから。

「えっ! おねえちゃん、おりょうりできるの!? すごーい!」

「ふふ、まぁね〜」

 Vサイン。

(と言っても、作れるのは本当に目玉焼きぐらいだけど……)

 人生の先輩としての威厳を保つため、そこんところは秘密にしておく。

(ケーキ焼いて学校持ってくる子とか……すごいなぁ)



 結局、わたしの朝ご飯に目玉焼きが追加されただけ。そんなメニューでお昼を済ませたわたしたちは、その後ずーっと

公園でぼーっとしていた。

 と、いうよりも、仔猫が気になって公園を離れられなかったのが正直な話。たいしたこともしないで。ついに日が傾くま

で。

 ときどき、少し羽をまっすぐに直したヒコーキを飛ばしたりもした。もちろん今度は飛んでいかないように加減して。

 重心の傾いたヒコーキが、頭の上でぐるーっと旋回するのも思ったよりおもしろくて、ちかと一緒にそれに夢中になる。

 そんなことをしながら、ふたりでいろんなことを話した。

 ヒコーキ飛ばすなら、市民公園みたいな広い所がいい。とか、

 仔猫のこと。とか。今もまだとても悲しくて、全然平気じゃなくて、そのときまた、ちかは泣いたりもしたけど。

 ……わたしもつられて涙を流したり――

 ちかがこの公園に来たのは初めてじゃないこととか。夜中に外にいて、こっそり人のいないときに来ていたこと。とか、

「え? お母さん、だけなの?」

「うん……そだよ。いないの」

「そっかぁー……ってわたしもそうなんだけどねー」

「えっ そうなの!?」

「うん……友達にもいるよー、そういうの。お父さんだけとか」

「ぼく……おんなじひと、はじめてあった……」

「けっこうよく、ある、話……だよ、ねー……割と、さ」

 お互い父親がいないこと。とか、

「ちか、ってヘンななまえでしょ」

「え? う、うん……ちか、男の子だよね?」

「うん。おかあさんがね、『どうせ産むなら女の子のほうがよかった』って言うの」

「あーわたしもうちの母さんに同じようなこと言われたー。『どーせおしとやかにできないんだったら、男の子でよかったの

に』だって、しッッつれーだよねー」

 いつまでも話してた……寒かったけど。すごく。

 日が傾き、そして、暮れ始める。

(もう遅いから……帰らなくちゃなぁ……この子も)

 ちょうど『おかあさんのお仕事いつ終わるの?』と聞こう

 としたとき、



「ゆき……」



 はた、はた……とベンチに重みのある雪がぶつかってきた。

 わたしのほほにも。ちかの手の上にも。

「降って……きちゃった」

 伸ばし放題のちかの髪に雪がかぶさっていくのを見ていると、わたしの胸の中にも何かが降り積もっていく。

(心配……に、なっちゃうよなぁ……うちまで送っていこうか)

「ちかのおうち、遠い?」

「うぅん、すぐそこだよ」

「そっかぁ……ねぇ、もう帰んなくちゃ。……わたし、一緒に帰ろうか?」

「……うぅん」

 ぱこっ

 ちかがベンチから降りたら、ぶかぶかのくつがおかしな音を鳴らした。まるでサイズの合ってない、大人物の革靴を履

いた足に、アザが見えた。

「かえる」

「うん……あ、ねぇ……また来る?」

「んー……わかんない。ぼく、もうすぐタカセさんちいくから」



 ふいに、飛行機の轟音がわたしたちの上を通り過ぎた。



「え、なに? どこいくって?」

 うす水色のダッフルコートが風に揺れる。

「あのね、おとうさんのところ」



 残響が耳の奥に貼り付いている。



 わたしが立ち上がると、ちかは走り出した。

「ちかっ……」

 とてとてとて……ぱこっ……。くるり。

 振り返ったちかは、少しだけ笑って、

「――……」

 何か言ったみたいだった。



「……え、なに?」

 大きく大きく手を振って、

「おねえちゃーん、ばいばーい」

「あ、ばいばーい」

 ちかは公園を去っていった。

 坂道を降りていくちかの後姿が見えなくなるまで、わたしは手を振った。

 しばらく、風を受けていた。

 ひとつ強い風がふいて、カタッ、と何かが落ちる音がした。

「――あ」

 あの子にあげたはずのヒコーキだ。

 これが空を切って飛んだときの、あの子の顔を思い出す。

(ちか、忘れってっちゃったのかなぁ……せっかく買ってあげたのに……。うん……まぁ、いいか……)

「うぅぅ〜さむさむっ、わたしもかえろぉ〜」

(また……、来てくれないかな、ここに)



 わたしはまたミルクを温めた。

 レンジから取り出したうす水色のマグカップは、熱い。

 湯気の立つそこにお砂糖をひとつとココアを入れ、ぐるぐるかき混ぜる。渦巻き模様ができて、暖かな一つの色になっ

た。

「おいしい……」

 キッチンの椅子で少しぼんやり。

 テーブルに食器が置きっぱなしになってて、ちかと一緒に食べたお昼ごはんを思い出した。

 少し焦げたトースト、少し焦げた目玉焼き、温めたミルク。

 そんなメニューでも、



「おいしい」



 言ってもらえると嬉しかった。

「……うぅッ」

 うす水色のカップを抱えて、眉が八の字になるちか。

「どっ、どうしたの?」

「あっつぃ……」

「あ……ミルクいれる? 冷たいの」

「うぅん、ふーふーする」

「そう……」

 ……って、いまさら気付くのもなんだけど。

「ねぇ、コート脱ぎなよ

」 「あ……、うん」

「おうち入ったらもう寒くないんだから、平気でしょ?」

「……うん、そうだね。」

 マグカップと同じ色のコートを脱ぐ。

「あったかいね、おねえちゃんち」

「うん? ……うん」

(――……)

 わたしには、このときの違和感の正体はつかめなかった。

「あっ、そーだ! おねえちゃん、みてみて」

 ポケットからとりだしたもの。その一つを持って、

「ほら、りゅーき!」

「あー、ほんとだぁ」

 塩ビ人形、ビー球、サインペン、ちかのポケットにはいろいろつまっていた。その中に、たくさんの一〇円玉や一〇〇円

玉。

(あ……わたしよりお金持ちだ)

 くしゃくしゃのコンビニのレシートが何枚か混ざっている。ヤキソバパン、サンドイッチ、コーヒー牛乳、おかしが一つ。



 暖まって一息ついて。わたしは、明日の宿題のことを思い出すと、部屋に戻った。ヒコーキはテディベアの両手の上に。

「ん〜えーと、国語と……えぇ? 理科もあるのぉ?」

(うっそー、こんなに? ……あー。)

 うんざりするような宿題の量にため息をついて、机のうえにテキストを放り出し、ベッドに寝転がった。

(あーぁ、明日も明後日もずーっと休みだったらいいのに)

 そんなぐーたらなことを考えていると、

「かーえーでー、ゆーごはん、なにがいいー?」

 そんなぐーたらな母親の声。

(やーっと起きたんだ……)

「今から買い物行くのー? 雪降ってるよぉー?」

「えー? いつものことじゃなぁい。で、なに食べたいのー?」

「食パンとタマゴ以外だったら何だっていいわよーぉ」

「はいはいぃーぃ、行ってきまーす」

 ぐーたらな。学校行きたくなかったり宿題溜めてたりしてる自分も、人のこと言えないけど……さ。

(うん……忙しいの……知ってるし……)

 責めるつもりなんて無いのだ。そりゃ多少の非難は出るけど。



 窓の外を見た。

 公園には、誰もいない。雪が積もり始めている。

 ケヤキもうっすらと白く覆われている。

 念のため、というか何というか、気になったので窓を開けてケヤキの根元あたりも見る。当然、あの子のことを思い出

す。

(あのとき……なんて言ったの……かなぁ)

 真っ赤なポインセチアをいじりながら、遠くを見る。

 街の交差点では、乗用車やトラックがひっきりなしに走り回り、ランプの灯りが十字の流れを作っている。

(ありがとう……かな? ……だったら、いいな)



 東の空に、ライトを点滅させて飛行機が飛び去っていく。



(……そうだ、ヒコーキ)

 テディベアから受け取り、ベッドに向かって狙いをつける。

 ……ヒュッ――くるっ――ぽふん。ひっくり返って着地。

 わたしもベッドにひっくり返る。ヒコーキを回収して、ちかが最初そうしたように、右手に振りかぶってみる。

(ふふっ、あのときの、かわいかったなぁ……ん、あれっ?)

 右の翼に、薄暗かった公園では気付かなかったもの。

 サインペンでつづられた、ぐちゃぐちゃの判読難解な文字。

 自分が考えていたよりもずっとずっと嬉しい言葉。



「ありがと おねえちゃん またあそぼうね」



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