矢追樹音




毎朝鏡を見て感じる気持ち

劣等感。貧弱で弱虫な自分

そんな自分を 誰かと比較されるのが嫌で

そこに 自分を哀れむ 目があるかと思うと怖くて

必然と一人でいる事多くなってしまう毎日

そのくせ人一倍 他人が恋しいと思っている自分

変わりたい 変われない 変われる勇気なんて無い



でもあいつに出会って

ほんの少しだけ 変われるような気がした

ほんの少しだけ 勇気が生まれた

最初は正直苦手だった

コンプレックスを逆なでするような容姿

あからさまにエラぶった態度

用も無いのに話し掛けてくるところ

でも時折こっそり見せる笑顔



好きになった

側に居たいと思える人に出会って

恋と言う勇気が生まれた



でもこの恋は決して知られてはいけない

彼のやさしさを勘違いしちゃ駄目だ……




実ることの無い恋に涙がこぼれた

「え?」

「いや、何か悩みがあるんじゃないかと心配してね…」

「……」

高校に上がって、3ヶ月を過ぎたある日

久々に会った幼馴染にそう言われてハっとした。

そしてとっさに そんな事は無いと 言おうとしたが

「何か迷ってたり、悩んでいる事があると

前髪をいじる癖…… 変わってないな。

それにお前、痩せたな?  昨日は何を 食べたんだ?」

隠し事の下手な自分に苛立ちを感じつつも

きっとこの友人には、いつかばれると思った。

そして、彼ならきっと、力になってくれるとも思った。

でもこれは、自分自身の問題。決して人に頼っては、駄目だ。

ここで誰かに頼ったら多分……

「お前を放っておくのは、心配なんだ。昔から

悩みが出来ても、一人で抱え込むところがあったろう?

俺で良かったら、相談にのるぜ?」

「ううん、心配してくれてありがとう。新しい環境に、

まだ慣れてないだけなんだ。それに、寮生活の事を

言っているなら大丈夫。そう……友達も出来たし」

そう言って微笑んで見せた。

彼はその笑顔に不満げな表情を見せたが、すぐに

ああ、と 納得した顔になった。

「そうだな、『トモダチ』 出来たみたいだな。

お前、昔から人見知り激しかっただろう? 

だから、心配してたんだ。」

幼馴染の、含みのある言い方が気になって、

彼の視線の方向を、見てみる。するとその先に、

問題のルームメイトの秀二が一人、髪をいじりながら

本を読んでいた。

「え……? 秀二じゃないか 近くにいたなら 話し掛けて

くれれば良かったのに……」

思わず呟いてしまう。

と、そこまで言って何か不自然だと気づく。

……あれ? 何で彼が友達だって わかったんだ?

望がそう思うと、思っている事が伝わったのか、

「いや、たまたま今、向こうに座ってるあいつと

目があったんだ。その時、知り合いなのかなって、

ピンと来たんだ。それに、お前にも言おうと思ったんだが

そんな雰囲気じゃなかったんでナ。」

と、彼のほうから先に、笑いをかみ殺しながら切り出してきた。

望は、友人の、おかしな態度は置いておくとして、

目が合っただけで、分かるものなのか?

と、何か妙な不安を感じ、問いただしてみようかと思ったが

次の言葉を聞いて、絶句してしまった。

「と、加えてもう一つ。お前が悩んでいる 『トモダチ』 って

あいつの事だろ? うまくいってないとか、

言いにくい事があって悩んでるなら、大丈夫みたいだぜ?」

「!!!っ」

顔を真っ赤にして黙る望を見て

「あはは望はかわいいなぁ。

『トモダチ』 とか言ってたけど、本当はあいつの事……

好きなんだろう?」

「……」

もう駄目だ……望は白状するしかなかった。

「うん。でも、自分に自身がないんだ……

なんて言うか、彼はちょっぴり意地悪だけど、人望もあって、

友達も沢山いる。そんな彼に僕なんかが、本当に

相手にされてるのかな? とか、ルームメイトだから

気を使ってるだけなんだろうな。とか、夢中になってるのは

自分だけなんだろうな。なんて……」

そこまで言って、望は情けなくて、俯いてしまう。

「……馬鹿だな。自分を悲観する癖。治ってなかったんだな。

もっと自信持てよ? さっき久々にお前と会った瞬間、

お前の姿を見て眩しいと思ってのは、俺の気の迷いだったなんて思わせないでくれよ。な?」

友人の臭い台詞になんだか、照れくさくなったが、

そんな風に言って、自分を元気付けてくれる彼の優しさが

暖かかった。

「ごめん。 励ましてくれて、ありがとう。

もう少し、自身を持つように頑張らなきゃだよね?」

「誤ることなんて無いさ。 そうだ、望。お前の一番の

理解者として、俺が一つ助言してやる。

相手の癖が移るって事は、それだけ相手を見つめている

って事なんだぜ? お前は、もっと強気になったって

良いんだ。」



その時、望は 彼が残した、言葉の意味が分からなかった。



―――そして その夜



「望、昼間一緒にいたのは誰だ?」

秀二にそう尋ねられて なんだ秀二も自分達に、

気がついていたのかと思い、彼は幼友達だ。

と、言うことを伝えようとした。しかし、ふと何か

会話に違和感を覚え、何故だ?

と 逆に聞き返してみたくなった。

「めずらしいね? 秀二が、僕に何か尋ねるなんて?」

すると予想外な事に、彼はらしくも無く、視線をそらし、

「そうだったかな? ただ、君が誰かと親しそうに

話をしているのなんて、初めて見たんでね。そう、君があんまりにも……いや、この話はやめておこう。私らしくないな」

「?」

前髪をいじりながら、そう語散る秀二の姿を見て

望は、先ほどまで分からなかった、友人の言っていた事の

意味が、分かった気がした



―――言葉に詰まったとき 前髪をいじるのは 僕の癖……



もしかして……



「秀二はいつも 僕の事を、見つめてくれているの?」

「!」

突然の望の言葉に驚いて、顔をあげると

そこには、秀二の見たことの無い、ふわりとした笑顔の

望がいた。

「さっきの彼は、僕の幼馴染なんだ。大切な友人だよ。」

そして今度は、少し赤らんで

「僕は、秀二の事が好きだよ。あ、変な意味じゃなくて

……友達として――」

(言ってしまった! どうしよう! どうしよう!)

言ってから、望は我に返り、内心大慌てだった。

そんな望を、じっと見ていただけの秀二だったが、

この時、彼の中に抑えていた何かが切れた音がしていた。

そしてなんと、秀二はおもむろに望を引き寄せ、

その唇に自分のそれを、そっと合わせた。

「なっ! ……秀二……!?」

一瞬の出来事で 何が起こったのか理解できず

望は、唇が離れた瞬間、抗議の声をあげる。

「……この学校に入って、お前から目を離した事なんて、

一度も無かった。お前と親しくなりたいと思っている輩は

皆、俺が牽制してきた。だから……お前があんな風に

俺以外の誰かと親しくするなんて、

ありえないはずだったんだ――」

思いもよらない事を述べる秀二に望は愕然とする

(もしかして、秀二は僕の事を、憎んでいるんじゃ……)

「俺はお前に対して、一度も友情を感じた事なんてないよ。」

(嫌だ! 聞きたくない!)

完全に秀二に、嫌われていると思った望は、

秀二の言葉を聞きたくなくて、これ以上、

彼のそばに、いたくなくて、身をよじりだした。

「好きなんだ。お前だけが。誰にも触らせたくない位に!」

(…………え? 今、なんて……)

「友達なんて言葉は、欲しくないんだ。俺が欲しいのは……」




――涙がこぼれた。



でも今度の涙は以前みたいな悲しい涙じゃない。





そして僕は一つ強くなれた。



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