序章
原案:黒岡真琴 文:子波





真白い雪が落ちてくる。

灰色の空からひらひらと。

白い大地に溶けるもの。

大樹の葉上に落ち着くもの。

もうすぐみな川となり、豊かな恵みをもたらすだろう。

この大陸に。

生きる全てのものへ。

 

 

 

 さく、さく……

 

 深雪を踏んで行く男がいた。

 

 長いコートを体に巻きつけ、帽子を耳までかぶせて、彼はただ黙々と歩く。

 

 足跡はすぐに新しい雪によって消されてしまうだろう。こんな日にこんな深い森を一人で歩くなど、全く

 

謀である。

 

 ごうごうと山からの吹き降ろす風がうなる。

 

 雪が風に乗って、彼の視界を白く染める。

 

 それでも男は歩みを止めない。

 

 まっすぐに、東へ向かって歩き続ける。

 

 不意に風がやんだ。

 

 断崖に森が終わりを告げる。

 

 眼下に広がる白銀の世界に、埋もれかけた小さな集落。

 

 彼はそれを一瞥すると、村へと向かって再び歩きはじめた。

 

 一人の赤ん坊をもたらすために。

 

 さく、さく……

 

 新雪を踏む感触は彼女にとって初めての体験だった。

 

 冷たいけれど、いつもより地面がふかふかしていておもしろい。

 

 視線を上げれば木も大地もみな真っ白。こんな景色を見たことも生まれてから初めてのことだ。

 

 母親はあまり遠くへ行くなと止めたが、それは無理なことだった。

 

 こんなに体がうずうずしているのに、どうしておとなしくしていられよう。こんなに珍しいものがたくさ

 

んあるのに、わくわくしないなんてできるはずがない。

 

 こんな季節に雪が降るなんて。悪いことが起きなければいいけれど。

 

 母親が背後でため息をついたのが分かった。

 

 おかあさんは心配性だと思う。雪が降るのを初めて見たわたしだって、これが大騒ぎをするような量じゃ

 

ないことは分かるもの。

 

 今日はいつも井戸端会議をする他の母親たちは外に出てきていないようだ。生まれるのが早すぎた彼女と

 

違って、他の子供たちはまだみんな幼い。こんな日に外に出すわけにはいかないのだろう。

 

 そうして遊ぶことに夢中になっていた彼女は気が付かなかった。

 

 かすかな人間のにおいに。

 

 戻りなさい!

 

 母親が叫んだときには遅かった。

 

 耳をつんざくような爆音と共に、世界が回った。

 

 しばらくして、彼女はうっすら目を開けた。

 

 あの真っ白だった世界は一変していた。

 

 おかあさん。

 

 変なにおいに鼻が曲がりそうだ。

 

 おかあさん。

 

 それに、いくら呼んでも母親は返事をくれない。

 

 どうしたの。なにがおきたの。

 

 彼女は立ち上がろうとして倒れた。足ががくがくして、力が全く入らない。

 

 おかあさん。

 

 目の前がだんだん暗くなっていく。

 

 おかあさん、どこ……

 

 強い日差しが照りつける中、さわやかな風が麦の新芽をなでていく。

 

 八月、今年もキーベル渓谷に遅い初夏が訪れていた。

 

 遠くから馬車の音が聞こえてきて、青年は作業の手を止めた。

 

 空を仰ぐと太陽は午の位置を少し回った辺りにある。

 

 青年は畦に上がって鎌を置いた。シャツの裾で顔を拭く。首にかけた青い石のネックレスがしゃらりと音

 

を立てた。

 

 馬車は青年のすぐ後ろで停まって、白髪交じりの男が一人降りてきた。年のわりにはがっちりとした体つ  

 

きの男だ。

 

「ウィンカ」呼ばれて青年は振り返った。「草刈りは終わったか?」

 

「あ、昼飯」

 

「人の顔を見て昼飯とは失礼だな。わしの名前は」

 

 ウィンカは「バイ=ミュー爺」と男の言葉をさえぎった。「分かってるよ。でも、腹減ってもう限界なん

 

だ」

 

 バイ爺は肩をすくめて、ウィンカに包みを押し付けた。

 

「ほらよ」

 

「今日もまたハムサンド?」

 

「悪いか。ハムだって肉だぞ。野菜だけよりいいだろ」

 

「そりゃあ、まあ」

 

 ウィンカは畦に腰掛けて、サンドイッチにかぶりついた。バイ爺も隣に座って、同じものをかじる。

 

「町はどうだった?」

 

「なにも変わんねえ」バイ爺は苦虫を噛み潰したような顔になった。「相変わらず、泥棒だの喧嘩だので物騒

 

だよ。ちいっと前はそんなでもなかったのになあ」

 

 ウィンカは黙って水を飲んだ。ここのところどこの町も雰囲気がおかしいとバイ爺はいろいろな場所へ出

 

かけるようになった。それまではキーベルから一歩も出ない人だったのに。きっと、俺がでかくなったせい

 

もあるんだよな。

 

 ウィンカはバイ爺を横目で見た。最近爺がめっきり年をくったように見える。ウィンカの背がいきなり伸

 

びて、爺を追い越してしまったせいもあるだろう。

 

「さて、もう一仕事だ」

 

 バイ爺が尻をはたいて立ち上がった。

 

「午後は手伝ってくれんのか?」

 

「まさか。わしは家に帰ってヤギの面倒見なきゃなんねえんだよ」

 

 ウィンカは「そうだよな」とぼやいて、寝転がった。

 

「おい、サボるんじゃねえぞ」

 

「わかってるよ」

 

 場所の遠ざかっていく音を聞きながら、ウィンカは目をつむった。

 バイ爺はなぜ、町の雰囲気なんか気にするんだろう。こんな山奥の村にそんなものが関係するはずないの

 

に。

 

「だいたい、人が良すぎるんだ」

 

ウィンカは起き上がって腰を伸ばす。

 

「だから、苦労すんだよな」

 

 外見とは裏腹に、困っている人を見ると放っておけない。その放って置かれなかった一人がウィンカでも

 

あった。

 

 幼い頃からバイ爺と親子だとは思っていなかったけれど、彼が雪の日にウィンカを拾った話しをしてくれ

 

たのは十五になってからだった。つい、この間の誕生日ことだ。

 

「さて、もう一仕事か」

 

 ウィンカは爺と同じように尻に付いた草を払って、畑に下りた。

 

 蝉がうるさいくらいに鳴いていた。

 

 彼女が目覚めると、そこはぜんぜん知らない場所だった。草も木も空もない、四角い場所。

 

 そこの地面は硬くて冷たくて、目覚めの気分は最悪だった。しかも、かいだことのない変なにおいばかり 

 

するのだ。

 

 もちろん、おかあさんも兄弟も、彼女の知っている仲間はだれもいなかった。大声で呼んでも、声が返っ

 

てこない。

 

 ここはどこ?

 

 落ち着かなくて、彼女はその四角い場所をうろうろ歩き回った。どこかに穴が開いていたりしないかと、

 

探って回った。

 

 しばらくして、遠くから何かが近づいてくる音がした。何が来るんだろう。恐くなって彼女は四角の隅に

 

逃げた。

 

 そうだ、近づいて来たら飛びかかってやろう。おかあさんがやっていたようにすればいいんだ。

 

 ガチャンという音と共に、突然光が入ってきた。一気になにも見えなくなってしまった。

 

「起きたようだな。さあ、おいで」

 

 飛びかかる間もなく、首の後ろをつかまれて体が宙に浮いた。恐くて、不安で、泣き叫びながら手足をじ

 

たばたさせると、そいつは「うるさい!」と背中を叩いた。

 

「凶暴なタヌキだ」

 

 彼女は衝撃で気を失った。

 あんなに晴れていたはずの空は、あっという間に黒雲で覆われた。

 

「まずいな」

 

 ウィンカはすぐに草刈りをやめ、片づけをはじめたが空の機嫌が変わるほうが早かった。

 

 ぽつりぽつりと降り出した雨は、すぐに土砂降りに変わったのだ。農具を小屋に入れるのが精一杯。家に

 

戻ることはできなかった。

 

「ここで、雨宿りか」

 

 外では雷鳴がとどろき、稲妻が走っているのが小窓から見えた。もちろん雨が吹き込んできて、窓の下は

 

びしょびしょだ。

 

 ウィンカは戸に寄りかかり、ひざを抱えた。ヤギたちは大丈夫だろうか。バイ爺も無理をしてなきゃいい

 

けど。

 

 しかし、心配したのもつかの間、ウィンカはすぐに居眠りをはじめた。夏の太陽の下、労働をするのはや

 

はり疲れるのだ。

 

 ひらひら、花びらが舞っている。

 

 白い花びら。

 

 地面にどんどん積もっていって。

 

 バイ爺は歩くのが大変そうだ。

 

 この花びらはどこから来たんだろう。

 

 空を仰ぐと、一面真白い花びらだった。

 

 手のひらで受けてみると、その花びらはすぐに溶けた。

 

 しかも冷たい。

 

 これは花びら?

 

 もしかして、雪?

 

 ウィンカははっと目を覚ました。小屋の中は薄暗く、外は相変わらずの豪雨だ。どのくらい寝ていたのか

 

は分からなかったが、夢の内容は覚えていなかった。

 

 それよりも、なぜ起きたのだろう。なにか聞こえた気がしたけど。

 

 耳を済ませると、たしかに音が聞こえる。何の音だろう。遠くから聞こえてくるような、とてつもなく大

 

きな音だ。雷? ちがう。もっと別の……なんだか心がざわつく音。

 

 ウィンカは勢いよく戸を開けた。雨が顔にたたきつけられたが、何とか目を開いて村のほうを見た。

 

 赤い。

 

 真っ赤だ。

 

 空は真っ黒なのに、村の上空だけ真っ赤だ。

 

 ウィンカは駆け出した。

 雷が落ちて、火事でも起きたか。

 

 でも、あの音は一体なんだ。

 

 走るウィンカの頭上では、雷がバリバリと轟音を響かせていた。

 

 目を覚ますと体がおかしかった。

 

 どこがというのではない。全部がおかしいのだ。

 

 気を失った後、どこかへ連れて行かれたのだろうということは分かっていた。うっすらと記憶が残ってい

 

る。変なにおいの充満する場所に連れて行かれた後、そうだ。たしか、何かを無理やり飲み込まされたん

 

だ。石みたいな、変なものを。

 

 彼女は立ち上がろうとして、さらに体がおかしいことに気が付いた。

 

 立ち上がろうと思って体を動かそうとすると、前足が地面に着かないのだ。地面に着いているのは後ろ足

 

だけ。

 

 しかも体中を変なものがまとわりついていて動きにくい。前足はなにもかぶせられていなかったが、後ろ

 

足にも何か付けられている。

 

「どこ?」

 

 声を出してみて彼女はさらにびっくりした。それは彼女の言葉ではなかった。彼女が今まで知っていた言

 

葉ではないものが、勝手に口から出てきたのだ。

 

「なに、これ」

 

 どうやらこの体の使い方は勝手に頭が分かっているようだった。違和感はあるものの動けないわけではな

 

い。

 

 辺りを見回すと、最初に入れられた四角い場所とよく似ていた。

 

 ただ、そこよりもなんだか目がちかちかするような色がついている。それに、木でも草でもないものがた

 

くさん置いてあるのだ。

 

「おどろいたかな」

 

 彼女ははっとして後ろを振り返った。足音もなにも聞こえなかった。耳もおかしくなったみたいだ。

 

「まるで本当の人間の娘ではないか」

 

 丸々としたその男はなぜか頭の上だけに生えている毛を撫で付けながら、彼女に近づいてきた。

 

「これはなに。なにをしたの」

 

「しゃべれるのか。さすがだな、石の力は」

 

 そいつは答えをくれないまま、わけの分からないことを言った。

 

「お前はこれから私の、ギルゼー・リンゼンの娘になるのだ。名前はフォーゼ。いいな?」

 

 彼女は首をかしげた。名前というのはなんだろう。この、草でも木でもないもののことだろうか。

 

 そいつはきょとんとしている彼女を見て、なぜか突然大声を上げた。

 

「フォーゼというのはお前のことだ! そんなことも分からんのか!」その後、そいつは後ろ足を地面に交互

 

に叩きつけた。「いいからフォーゼといわれたら、『はい』と言って私の言うとおりにしろ!!

 

 彼女は本能的に「はい」と言っていた。頭がそうしろと命令したのだ。そうしなければ、もう二度と空も

 

木も草も見られなくなるぞ、と。

 

「フォーゼ」

 

「はい」

 

 彼女、フォーゼは頭が命じるままに口を動かした。そうすると、不思議なことに、リンゼンは気色の悪い

 

顔になって、具体的には口の端と端を持ち上げて目を細め、何度もうなずいた。

 

「そうだ、そうだ。それでいい」

 

 村は燃えていた。

 

 小さな集落は火の海だった。

 

「いったい、なんだっていうんだ」

 

 ウィンカは思わず村の入り口で立ち止まった。なんでこんなことになったのか、さっぱり見当もつかな

 

い。落雷で起きるような火事ではない。村がすっぽり、炎に包まれているのだから。

 

「バイ爺……」

 

 しかし、俺たちの家は村のはずれだ。間に合うかもしれない。

 

 ウィンカは思い直すと、村に入った。

 

 そして、信じられない光景を目の当たりにする。

 

 人がそこらじゅうに倒れている。火事のせいではないことは一目瞭然。みな体のどこかしらから、大量に

 

血を流して倒れているのだ。

 

 ウィンカは家へと走った。本当に、なにが起こったというのだろうか。バイ爺は無事なのか。お願いだ。

 

無事でいてくれ。

 

「じじい!!

 

 願いはむなしく、ウィンカが見たのは家の入り口で倒れ伏しているバイ=ミューの姿だった。その背には

 

大きな切り傷。

 

「平気か! 生きてるか!?

 

 抱き起こすとバイ爺の口がかすかに動いた。消え入りそうな声でなにか言ったようだったが、聞き取るこ

 

とはできなかった。

 

「黙ってろ! 今、助けるから」

 

 ウィンカはバイ爺を背負うと、火の海を引き返した。熱さで胸が焼けそうだ。しかし、バイ爺を死なせる

 

わけにはいかない。

 

「置いていけ」

 

 耳元でバイ爺がつぶやいたのが分かった。しかし、そんなことできるわけがない。

 

「バカ! 黙っとけ! 余計な体力使うんじゃねえよ」

 

 しかし、正直バイ爺の体は重すぎた。一歩進むのもやっとだ。

 

 そして、そんなウィンカに追い討ちをかけるように、目の前で家が崩れた。行く手をふさがれた。

 

 さらに崩れた拍子に火の粉が飛んでくる。なんとか避けはしたが、ウィンカは体制を保てずバイ爺と共に

 

地面に倒れた。

 

「ごめん。大丈夫か?」すぐに爺を抱き起こしたが、バイ爺は首を振った。その反応にウィンカは腹が立った。いつも元気に、活き活きと働いていた爺らしくない。

 

「だめなんて言うな。俺がぜったい助ける」

 

 ウィンカはもう一度爺を背負おうと腕をつかんだ。なんとしてでも助けるんだ。

 

 ところが、爺の腕はするりとウィンカの手から抜けた。

 

「バイ爺?」

 

 爺は返事をしなかった。少しも反応を示さなかった。

 

 それがどういうことか、ウィンカはすぐに分かった。分かったが、嫌だった。

 

「爺!」ウィンカはバイ爺の体をゆすった。「起きろじじい!」

 

 しゃりっと、ペンダントの鎖が音を立てた。

 

「くそっ」

 

 風が爺とウィンカの髪をなぜた。

 

「なんでっ」

 

 風が炎を揺らめかせた。

 

「バイ爺――っ!」

 

 風が起こった。

 

 ごうっという音と共に、風が村へ吹き降ろしたのだ。

 

 倒れた家も、燃えた木も、炎でさえもが風に巻き上げられた。

 

 一瞬の出来事だった。

 

 風の去った後に残されたのは家の燃えカスと、青い空。

 

 そして、ウィンカの叫び声だけだった。

 

 フォーゼは椅子に座って、紅茶を飲んでいた。

 

 長い赤茶の髪はみつあみに結われ、肩の下で揺れている。

 

 窓の外、空は森にいたときと同じ色をしているのに、フォーゼはすっかり変わっていた。服を着るのも、

 

靴を履くのも、においのするものを食べるのも、もう平気だった。なんとも思わなくなった。

 

 ギルゼー・リンゼンはこの町の町長というもので、彼の意志でこのグループは動いていた。だからフォー

 

ゼもそのうちの一つなのだと理解したのだ。

 

「フォーゼ、出かけるよ」

 

「はい」と言ってフォーゼは椅子から下りた。スーツを着たリンゼンの後について屋敷を出る。

 

 町はいつもどおりにぎやかだった。

 

 大きな町というのはこんなに建物がひしめきあっているのだと、ウィンカははじめて知った。道は狭い

 

し、人はあふれていて歩きにくい。

 

 しかし、ウィンカはだまって人を押しのけ前へと進む。

 

 あの火事の後、ウィンカはキーベルから近くの町に何度も通った。火事はともかく、村人やバイ爺は明ら

 

かに殺されたのだ。あんなことをしたやつをウィンカは許せなかった。

 

 しかし、ろくな情報は入ってこずに、時間だけが過ぎていった。キーベルの短い夏が終わる頃になって、

 

やっと手がかりをつかんだときは本当にうれしかった。

 

 その次の日ウィンカはキーベルを捨てた。どこまでもその手がかりを追っていくことに決めたのだ。

 

 フォーゼは人ごみを懸命にリンゼンについて歩いていた。たくさんの匂いが混ざって、気持ちが悪くなる

 

ため、大通りは好きではなかったがリンゼンが馬車から降りては仕方がない。

 

 そのとき、ふいに懐かしいにおいがした。

 

 風のにおいだ。

 

 フォーゼはそのいいにおいのもとを探しはじめた。もうリンゼンのことなど頭からすっぽ抜けていた。久

 

しぶりに胸が気持ちよくなるにおいなのだ。

 

 しばらくにおいを頼りに歩いて、彼女はその人を見つけた。

 

 ぼろぼろのマントに、ブーツの若者。この町ではあまり見ない格好をしている。

 

 ウィンカはマントを引っ張られて足を止めた。

 

 振り返ると、十歳くらいの女の子が彼を見上げていた。

 

「どうしたんだい?」ウィンカはしゃがんで女の子に尋ねた。「おかあさんとはぐれたのかな?」

 

 女の子は首を横に振った。そして、なぜかウィンカに抱きついた。

 

「フォーゼ! そんなところで何をしている!」

 

 大声にびっくりして顔を上げると、リンゼンが恐い顔で立っていた。フォーゼはあわてて、見知らぬ若者

 

から離れた。彼まで巻き込まれては大変だ。

 

「行くぞ! ばか者!」

 

 リンゼンに引っ張られてフォーゼは馬車の待つ方へと歩き出した。

 

 ウィンカは突然目の前に現れた手がかりに、こちらもまたびっくりしていた。まさか、こんなに早くに見

 

つけられるとは。

 

 ウィンカは町長と女の子を追いかけた。

 

 フォーゼは馬車に乗るとき一度だけ振り返ってみた。あのいいにおいのする若者が、なぜだかとても気に

 

なった。

 

 すると、あの若者はこちらへ走ってくるではないか。

 

「俺、旅人でウィルカっていいます。町長さんが警備兵を募っているって聞いたんですけど」

 

 真白い運命が落ちてくる。

 

 灰色の空からひらひらと。

 

 この大陸に。

 

 生きる全てのものへ。

 

 今、その一片が。

 

 風を縁に。

 

 ウィンカとフォーゼの間に落ちた。

 

 ウィンカの旅路。

 

 フォーゼの未来。

 

 つむがれる物語が、

 

ここにはじまる。



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