高野圭






「これからどうするんだ。」

 

 

 問われて、応えられない自分に気づく。その真摯な瞳から逃げるように空を見上げた。空は高く、青く、そ

 

して赤かった。とても綺麗で目に痛かった。

 

 

 

 今日も今日とて自分の腕に任せ、魔物(モンスターと呼ばれる)を狩る。狩ってどうなる、ということも無い。

 

ただ日銭を稼ぐためだけに、狩る。他人に言わせれば、自分の冒険者としてのレベルというのは最高、らし

 

い。冒険者とは文字通り、あちこちを探索し「冒険」する者の総称だった。はっきり言って、酒場で受けられ

 

仕事(クエスト)をこなしていればすぐに最高になれる。つまり、それだけの奴なら他にもたくさんいるということだ。

 

りふれた言われ様。自分は本当にその程度の奴だった。けれどもどうにかなろうとは思わなかったし、任さ

 

た仕事をこなしていれば、少なくとも金には困らなかった。

 

昔はもっと有名になりたいと思っていた気がする。昔はもっと他人と関わろうとしていた気がする。いつの

 

間にか一人でいるようになった。何時からかは思い出せない。

 

 

 いつものように街の酒場へと足を向ける。仕事は酒場を仲介にして受ける。それだけではなく、情報を買う

 

こともできた。しかし今日はめぼしい情報はなく、受けるべき仕事も何も無かった。時間が遅すぎたか。酒盛

 

りを始めている徒党(パーティー)もあるくらいだ。仕方ない。

 

「おい」

 

 よく通る声が聞こえた。自分に用がある人物は酒場の主人以外には思い浮かばない。無視する。

 

「聞こえないのか?」

 

「え?」

 

 今度はすぐ近くで聞こえた。思わず返事がうわずったものになってしまう。

 

「おまえ、暇か?」

 

 思わずこめかみを押さえた。名乗りもせずに暇かと聞かれたのは初めてだ。普通、初対面の場合は冒険者で

 

なくとも、お互い名乗るのが礼儀というものだろう。

 

「暇にしか見えないのだが」

 

 失礼。いや何か違う気がする。それでは足りない。傍若無人、自分勝手、厚顔無恥。このあたりだろうか。

 

とりあえず肩越しに声の方を見る。ほとんど真後ろにいたのは黒ローブに黒のつばの広い帽子を被った……魔

 

法使いだった。目深に被った帽子からわずかに見えた髪の色は赤。いや、紅。その双眸は深い金色をしてい

 

た。

 

「……何のようだ?」

 

「暇ではないのか?」

 

・・・・・・…… 会話がかみあっていない。思わず溜息が出た。

 

「いや、暇だけどな。おまえはおれに何の用事なんだ?」

 

「行きたいところがあってな。さすがに一人では厳しいから連れが欲しい。おまえが今この場で一番暇そうだ

 

ったから声をかけた」

 

 そういうことか。確かにその通りかもしれない。しかし、何と言うか不快だった。

 

「名乗るくらいしたらどうだ?」

 

「引き受けてくれるのだな?」

 

「おい」

 

「決定だ。暇人。俺に付き合え」

 

「何でだ!?

 

「俺はウィズダムという。よろしく」

 

「人の話を聞けえええ!!

 

 そこでようやく彼の背中から生えている漆黒の翼に気づいた。何故気づかなかったのか。驚きを隠せなかっ

 

た。そんな自分にウィズダムは不敵に笑った。

 

 

 この世界では三つの種族が共存している。一つは人間。もう一つは天使。そして最後に悪魔。このうち、一

 

番数が多いのが人間だった。かくいう自分も人間である。一番数が少ないのが悪魔であった。しかも、悪魔だ

 

ということを隠している場合が多い。なぜかは知らない。

 

 それ以前に何故、天使や悪魔がこの世界に現れたのか。考えても無駄だった。どちらにせよ、彼らはこの世

 

界で生きている。

 

 

 ウィズダムと名乗った魔法使い(あくま)は街から半日程のところにある洞窟に行きたいという。理由は「行きたいか

 

ら」だそうだ。だったら一人で行けば良いのではないか。そう思いながらも行く気になってしまったのは、自

 

分が実のところ退屈していたからだろう。

 

 出発は、翌日、夜が明ける頃にした。あのとき、すぐ行こうと言う彼を必死に説得し、妥協点が夜明けだったのだ。夜道は魔物(モンスター)が活発になり、どんなに腕が立つ者であっても非常に危険なのである。それを承知で夜に

 

歩こうとしたやつも初めてだった。それもこれも悪魔ゆえなのだろうか。

 

「何か言いたげだな。何が言いたい?」

 

 前を歩くウィズダムから声がかかる。……前を。普通は魔法使いというのは後ろに下がっているものだ。わ

 

ざわざ危険を冒すように前に出ることは無い。まして今は夜が明けて間もないのだ。夜中よりかはマシだが危

 

険であることに変わりは無い。正直な話、昼間に歩くのが一番無難なのである。

 

「別に……」

 

 しかしながら、それを言ったところでこいつが聞くとはどうしても思えなかった。

 

「いつでもどこでも、危険なことに変わりは無いだろうが」

 

「わかってるんだったら少しは下がって欲しい。多少なりともそちらの方が安全だから」

 

「大丈夫だろう。それともおまえは剣を俺に向ける自信でもあるのか?」

 

「そんな自信は全く無い。バカにしてるのか」

 

 ウィズダムは振り返り、笑いかけてきた。

 

「いや。なら安心だろう?」

 

 また、彼は前に向き直った。黒い翼がそれに合わせて翻る。思わずそれに見入ってしまった。

 

 人以外の二種族は、各々、特徴的な翼を持つ。天使は純白、悪魔は漆黒。天使は鳥のようだが、悪魔は蝙蝠

 

のような翼。そして特筆すべきは、天使は飛翔したまま移動するが、悪魔は翼を持ちながらも、地に足をつけて移動(ある)()るということである。どうしてなのか。誰からもその理由は聞いたことが無かった。

 

 視線を感じたのだろう、ウィズダムはまたも振り返ってきた。

 

「なんだ?」

 

「別に……」

 

「さっきと同じ答えだぞ。もっと面白いことを言えないのか?」

 

「おまえって腹が立つな」

 

「ありがとう」

 

「褒めてるわけじゃない」

 

「違ったのか」

 

彼はひどく楽しそうに笑っていた。思わず、本当に思わず笑ってしまった。酒場で受ける、けっして楽とは

 

言わないが単調な仕事をこなしているよりも、なかなかに楽しく思えた。

 

 

 陽が上り、空の真ん中に差し掛かる頃、目的の洞窟は見えた。入り口から奥のほうにはわずかに日光が入っ

 

ているだけで、中の様子は全く見えない。

 

「おかしいな」

 

 何がおかしいのかは言われなくても理解できた。

 

 おれたちは明け方から歩いてきたのにも関わらず、道中、一度も魔物に遭遇していないのだ。何かあると思

 

わざるを得ない。

 

「俺たちのほかに、徒党(パーティー)が来てるのか?

 

「それは無いんじゃないか? 戦闘の跡も無かったし、それらしい音も聞いていない。まして道はここしか無

 

い。けど、野営の跡も無い」

 

 自分で言って、一瞬、背筋に悪寒が走った。

 

 普通、この洞窟に来る奴らは、昼間、歩いてきて夕方頃到着し、一晩休息をとってから、洞窟の攻略に挑

 

む。洞窟の周りというのは、街道よりも野営には適している。魔物にも縄張りがあるために、下手な雑魚は出

 

てこないのだ。洞窟にいる奴らも滅多に外には出てこない。光に弱いのだと思われる。

 

「大物かな」

 

「時間が時間だ。助けは見込めない」

 

「おまえも行こうとしてるだろうが。否定はさせないぞ」

 

「あんたの無謀さが感染したんだろうウィズダム。ただし、休憩をもらうぞ?

 

「わかっている」

 

 

 しばし、休息をとる。半日、ほぼ休みなく歩いてきた体は意外にも、不調は訴えていなかった。

 

「なあ」

 

 唐突に、ウィズダムが話しかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「おまえはどうして冒険者になったんだ?」

 

「は?」

 

 少し、驚いた。今まで、あまり他人と関わらなかったにしろ、そんなことを訊かれたのは初めてだったから

 

だ。

 

「そういうあんたはどうなんだ?」

 

「おまえからあんたか。それは格上げなのか? 格下げなのか?」

 

「どうでも良いだろうが」

 

 そちらへの答えはなんとなく、でしかない。

 

「俺はなんとなく歩きたかっただけだ。おまえは?」

 

「は?」

 

 思わず、聞き返した。今、この悪魔はなんと言った?

 

「なんとなく、歩きたかった。本当にただそれだけだ」

 

「なんで?」

 

「何故と言われても。冒険者だからといって、富や名誉を求めなくてはいけないのか?」

 

「そう、だよな。すまない」

 

「おまえは?」

 

「忘れた。本当に」

 

「おい」

 

 咎められたが、それ以上、答える気は無かった。ウィズダムもそれ以上は追求してこなかった。

 

 

 行こうかと言おうとした、正にその瞬間だった。

 

 静寂を揺るがしたのはくぐもったような声。明らかに悲鳴だった。立ち上がり周りを見る。

 

「中だ」

 

「中? 何でだ?」

 

 洞窟に走りながら問う。確かに悲鳴は洞窟の中から聞こえていた。しかし、周囲に何の痕跡も無かったのは

 

確認している。

 

「何か勘違いしたバカ共だろう」

 

「はぁ?」

 

「二人で行けるところならば、大人数なら大丈夫だ、とな。夜に歩いてきて野営もせずに乗り込んだんだろ

 

う」

 

「戦闘の跡は無かったはずだ」

 

「道にはな」

 

「……酔狂な奴らだな」

 

「夜に森で戦闘した挙句に、睡眠を摂ってもいないわけだから、ある意味では尊敬できる」

 

「眠りはしたんじゃないか?」

 

「どちらにせよ、ここはそんなに生易しい所では無い」

 

 松明を付ける。悲鳴は断続的に続いていた。心なしか近づいてきているようにも聞こえる。

 

「よく叫びながら逃げていられるな。魔術師がいるのかな」

 

「無様だな」

 

 明かりで見えている範囲では、人影も魔物の影も確認できない。声が、止んだ。

 

「行くぞ」

 

 どちらともなく呟いていた。

 

 入ってすぐのところは部屋のようになっていた。さらにそこから道が伸びている。おそらくは、広い空間の

 

つなぎ合わせのような構造なのだろう、この洞窟は。ただ、暗い。部屋の中は明かりで見えても、道の方には

 

何があるのかは、全く見えなかった。高さも広さもそれなりにある。

 

「おい、野営の跡だ」

 

 本当に何を考えていたのだろう。呆れてしまう。

 

「近い。血のにおいがする」

 

「なんだって?」

 

「向こうだ」

 

 ウィズダムが道の方を示す。当然と言えば当然だが……悪魔は嗅覚に優れているのだろうか。においには気

 

づけなかった。

 

「待て。おれが先に行く」

 

 言えば、大人しく下がった。松明は預ける。さして道は長くなかった。空間との境目で、明かりが見えた。

 

自分たちのものではない。明らかに前の徒党のものだった。悲鳴が止んでから時間はさほど経っていない。無

 

事な者がいたのだろう。

 

「おい、誰かいるか?」

 

 声をかける。期待とは裏腹に返事は無かった。そのかわりに蝙蝠が飛んできたので叩き落とす。蝙蝠が落ち

 

たときの音と、もう一つ何かが聞こえてきた。あまり想像したくない音が。

 

「喰って、るのか」

 

 押し殺したウィズダムの声が、やけに大きく聞こえた。音は魔物が獲物を咀嚼する音だった。意を決し、部

 

屋に一歩踏み出す。よく見ると明かりの傍に何かがうずくまっていた。人でもなければ他の種族でもない。

 

「全滅か」

 

 謎の物体が、今まで微動だにしていなかったそれが頭を上げた。ゆっくりとこちらに振り返る。前の徒党の

 

明かりは消えかけていた。

 

「気づかれた。来るぞ」

 

 言って少し笑えた。最初から、おれたちには、少なくともおれには退く意思がなかったことに。仕事以外で

 

のこんな狩りは何日ぶりだろう?

 

「ここの主かな。大物だ。徒党がいたから無駄足だったかと思ったが」

 

「久しぶりにこんな光景を見た」

 

「それは俺のせいではない。喰っている現場は俺も初めてだ」

 血や、その他のにおいで鼻がダメになってしまった。すごい有様だ。幸いなのは、暗く、ほとんどそれらが

 

見えないことくらいだ。そう考えていると、黒い大きな物体と目が合った。とっさに剣を抜く。その瞬間、物

 

体―――魔物は襲い掛かってきた。

 

 それは大きな体躯に似合わず敏捷だった。一撃目を剣で受け流し、かわす。鉤爪に光がきらりと反射した。

 

一瞬、後ろのウィズダムを心配したが、やはり上手く避けていた。なんという奴だと思う。

 

「賢いな、こいつ」

 

 呟くのが聞こえ、瞬時に理解できた。今、相手にしている魔物は、

 

「松明が無くすのはとさすがにきつい」

 

 光を狙っているのだ。狙われている当人はいたって平静だった。少し安心する。

 

「入り口近くに寄せればなんとかなる。明かりをこっちに」

 

 言うや否や、またも……今度はウィズダムの方に鉤爪が襲う。今度は、避けようとはしなかった。そのかわ

 

り、わずかに聞こえたのは素早い呪文の詠唱。何かが爆発したような音がした。魔物が体勢を崩す。

 

魔物に背を向けないようにしながら、最初の部屋へと向かう。

 

「そんなに早い詠唱は初めて聞いた」

 

「畏れ入ったか?」

 

 魔物はしばらく動けなくなっているらしかった。しかし、確実にその目はこちらを見据えている。

 

「とにかく、松明を」

 

 ウィズダムは首を横に振った。そのかわり壁に寄るように手で示される。松明は通路の中心にある。オトリ

 

にでもなるつもりか。

 

「おい」

 

「静かにしろ」

 

 鋭く、間髪いれずに囁かれる。あの魔物が反応するのは光。そしてもうひとつは声なのだ。そういうことな

 

のだろう。気を逸らす間も無く、狭い通路を魔物が走る音がした。速い。一瞬で松明が爪で掻き消された。

 

「おい!!

 

 思わず叫んだ。詠唱も聞こえなかった。しかし、肉が裂ける音も聞こえなかった。避けられたのか? 暗いが

 

魔物が自分に背を向けているのはわかった。チャンスだった。心臓を狙う。剣を構え、突きたてた。そう思っ

 

たが。金属同士の当たるような、鈍い音がした。剣を受けていたのは鉤爪。こちらが叫んだ時に反応したのだ

 

ろう。素早く力強い。近くで見ると大きな熊のようだった。

 

「ちっ」

 

 力では負けてしまう。爪を弾き後退する。だが後ろは壁。避けきれない。そう思った瞬間、呪文の詠唱が聞

 

こえた。そのことに安堵した。

 

 またも小さな爆音とともに、魔物が硬直する。その隙にその場から逃れる。明るいと感じた。すでに自分が

 

最初の部屋にいて、陽光が入り口からほんの少し入ってきていたからだった。

 

「大丈夫か」

 

 心なしか先ほどより魔物が硬直している時間が長い。

 

「ありがとう」

 

「礼はまだだ。このままでは二の舞になる」

 

 確かにそのとおりだった。この状態では決定打が与えられない。そのうちに体力が尽き……、あとは餌にな

 

るのみになってしまう。それだけは嫌だ。

 

「少し長く時間を稼いで欲しい。そうすればなんとかなる」

 

「なら外に誘導する。奴もたぶん鈍るだろう。良いな?」

 

「頼んだ」

 

 向かってくる魔物をさらに避けた。

 

「こっちだ!!

 

 魔物が声に反応する。距離をとる間も無く、爪が繰り出されてきた。ギィン

 

 またも鈍い音が洞窟内に響いた。まともに受けてしまったせいで、刀身にひびが入ったのがわかった。こん

 

なときに。胸中で舌を打つ。

 

!?

 

 衝撃、浮遊感。飛んでいる。次の瞬間には地面に転がっていた。もう片方の腕で吹き飛ばされたのだ。運良

 

く、壁に貼りつくことはなく、入り口から外に飛ばされた。急ぎ、洞窟へと戻る。見えたのは、魔法陣。その

 

中央に立ち尽くす巨大な熊に似た化け物。

 

「漆黒の虚無」

 

 最後の一声とともに黒の光が陣の上をほとばしった。黒の、光が。

 

 そして雷光とも、まして爆発ともつかない、そんな音が響いた。何かと思えば魔物が発していた断末魔の悲

 

鳴だった。ゆっくりと魔物が倒れる。その向こう側には得意げに羽を反らした、悪魔(ウィズダム)が立っていた笑えた

 

ィズダムも笑い返してきた。

 

 金目の物を拾い、冒険者(死者)への弔いをし、洞窟の外へ出たときには日はもう傾いていた。洞窟から街までは半

 

日。普通なら野営をしてから戻るところではあるが、今回は休憩もそこそこに出発した。そのことについて咎

 

める気も起きなかった。

 

「なあ」

 

「なんだ?」

 

 一つだけ気になったことがあり、問う。

 

「何故、あんたはおれに声をかけたんだ?」

 

「言っただろう。一番暇そうだったからだ」

 

「使えなかったらどうしていた?」

 

「俺は人を見る目くらいはある」

 

 笑った。死にはしなかったものの、剣はあの後折れ、片腕にはひびが入っていた。正直、自分は何もしてい

 

ないに等しいというのに。ウィズダムも実は無事とは言い難かった。かぶっていた帽子が魔物の爪で破かれて

 

いたのだ。そんなこと、とも思ったが面白いくらいに憤慨していた。憶えておこう。

 

そのせいで彼は今、紅い髪をさらしている。夕日よりも赤く見えた。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

 今度は問われた。何を聞かれるかはなんとなく予想はできた。

 

「おまえはこれからどうするんだ」

 

「え……」

 

 迷う。混乱したというのが正しいかもしれない。思わず足を止めた。予想とはおよそかけ離れた問いに、戸

 

惑うことしかできなかった。見上げるように覗き込んでくる金の瞳を、その視線をさえぎるものは無い。聞か

 

れてもおかしくは無い。そのはずなのに声は出てこない。目を逸らそうとも考えたが、それもなぜかできなか

 

った。

 

「これからどうするんだ」

 

 問われて、応えられない自分に気づく。そんな自分を再確認した。

 

その真摯な瞳から逃げるように空を見上げた。いや、まさに逃げたのだ。空は高く、青くそして赤かった。

 

とても綺麗で目に痛かった。

 

「応えないのか? 応えられないのか?」

 

 痛いところを突いてくる。

 

「もう一度訊く。おまえはどうして冒険者になったのだ?」

 

「それは……」

 

 もうどうでも良いだろう。もう一度、彼の方を見る。視線は逸れてはいなかった。

 

「おまえはこれからどうするんだ」

 

 頼むから、そんなことを訊かないでくれないか。惨めになる。何もしていない自分が情けなくなる。

 

 ふと、唐突に思い出した疑問。

 

「何で悪魔は飛ばないんだ?」

 

「少なくとも俺は、歩いていたほうが面白いと思うからだ」

 

「そうか」

 

「おまえはどうして歩いているんだ?」

 

 少し悩んで、今度は応える。

 

「面白いから、かな」

 

 答えればウィズダムは笑った。そうしてまた歩き出す。

 

 

 

 結局、そんなことがあって、今。自分は悪魔や人間や天使と一緒に歩いている。少なくとも、もう暇人には

見えないだろう。

 

 

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