夢追い人の足跡
逆神大輔






 僕は読書が嫌いだ。いつ頃から嫌いになったのかは今では覚えてない。でも、とにかく本が嫌いだ。あの、

 

文字が時には嵐のように、時には滝のように押し寄せてくるあの本が嫌いなのだ。

 

 そんな僕でも友達付き合いはあるもので、ある日友達と古本屋に行くことになった。それがこんなにも僕の

 

今後を変える出来事を引き起こすなんて――――。

 

 古本屋で買った本のタイトルは『獣神王機ビーストキング』。特に読みたくて買ったわけじゃない。なんと

 

いうか、今思えば何かの引力に引かれて買ったとしか言えないんだけど……。

 

買ったその日に読み始めて、半分近くを読んでしまった。なぜだか、すらすら読むことができた。

 

主人公・大輔はあらゆることに葛藤しながら巨大なロボット、『ビーストキング』を乗りこなしていく。そ

 

んな大輔を励ましてくれる、ヒロイン・ラムタン、仲間のジファーやカスミ。設定がすごくありえなくて、

 

所々読者の知りたがるような情報がまったくない。最後までいろんな謎の残る作品だったが、一場面一場面

 

の大輔の悩み方がすごく自分に似ていたのだ。なんというか、この本の作者は世界観や設定というものはど

 

うでもいいようだ。その代わり、一人一人のキャラクターの心の持ち方がおもしろかった。悪く言えば、そ

 

れは『意地』であったり、良く言えば、『誇り』であったり……。

 

いつしか、この本の『主人公・大輔に会っていろいろな話をしてみたい』と思うようになった。おそらくは

 

誰でも一度はあるのではないか。存在するはずもない人に『会ってみたい』と。その大輔の中に眠る哲

 

学……というのか、考え方みたいなものが知りたくて知りたくてたまらなくなってきたのだ。

 

 しかし、不思議なことにこの本にはタイトルはあっても、作者名つまり筆者の名前がどこにも記されていな

 

いのだ。初版本であるのか、何版目であるのかさえ……。挙句の果てには、はしがきやあとがきまで……。読

 

み終えてから思うのも奇妙かもしれないが、『この本はどこかおかしい』。ちょっとしたオーラのようなもの

 

を感じる。

 

 もっと早く気づくべきだった。この本は普通の本でない。かけ離れている。読み終えてから数日後、そんな

 

恐怖にも似た不安感に背筋を震わせながら僕はこの本を買った古本屋に行った。だが、そこの店主の話はあて

 

にならなかった。『たくさんの本を売ってはいても、一冊一冊の本を知っているわけじゃない』だなんて。そ

 

んなことはわかってる。でも、こうなると、どうしてもこの本の正体を知りたくなった。

 

 その日、僕はこの本のありとあらゆる場所を調べた。本の表紙の裏、一ページ一ページの隅、本の最後のペ

 

ージ、始まりのページ……。『もしかしたら、何か書いてあるかもしれない』……そんな淡い期待を抱いて。

 

しかし、そんな苦労も無駄に終わった。結局何一つ見つからず。こんなにも一冊の本をくまなく調べあげたの

 

は初めてだ。

 

 僕は不気味に思いながらも、この本に書かれていた、キャラクターの気持ちを想いながら自室のベッドに寝

 

転がった。

 

 (どうして、何もわからないんだろう。こんなにも気持ちは伝わってくるのに……。この本の作者はいった

 

い何を伝えたかったんだろう……)

 

 寝転がりながら、本に手を伸ばし、本を持ってみる。そして、しばらく、ボーっとして本を天井にかざして

 

みた。

 

 当然、何かが起こるわけでもない。でも、0%の奇跡を夢見ながら、僕はうわ言のように本に語りかけてみ

 

た。

 

「なあ、君はいったい誰に書かれたんだ? 分からないことが多すぎる文章。それでいてなんか変に考えさせ

 

られる内容。早すぎる場面展開。未熟ともいえる表現。分かるようで分からない描写……。君は本当に『古

 

本』なのか?」

 

 やはり、考えても考えても分からないまま、僕はその本を再び横に置いた。

 

 

*     *     *

 

 

 ずいぶん眠ってしまったような気がする。お母さんの料理のにおいがする。今日はカレーか。あの独特のに

 

おいに僕は半分寝たまま、今日のカレーの味を想像していた。すると、僕の部屋に近づいてくるお母さんの足

 

音が聞こえた。僕の部屋の前で立ち止まり、ノックした。

 

「……ちゃん、ご飯ができたよ〜……」

 

 半分寝ていたせいか、お母さんの声が妙に高く聞こえた。しかも、語尾をあんな『よ〜』なんて伸ばしたこ

 

とあったっけ? いつもは『ご飯ができたわよ』ってな感じなのに……。

 

「ああ、今行くよ」

 

 半分寝ていて、半分寝ぼけている頭を起こし、僕は部屋の明かりをつけた。

 

(あれ? 僕の部屋ってこんなに広かったっけ?)

 

 置いてある家具の色・形は何も変わらないのに、妙に部屋の空間が広くなっていた。

 

(まあ、寝ぼけているせいだろう)

 

 このときは、そんな風にしか思わなかった。しかし、部屋のドアを開けると……。

 

「大ちゃーーーん!!!

 

 急に茶髪でツインテールの女の子が僕の胸の中に飛び込んできた。しかも、その勢いで僕は後ろに倒れてし

 

まった。僕が倒れてもなお、僕の胸元に頬ずりをするこの女の子をどかして、

 

「なになに!? なんなの!?

 

 と大きく叫んでしまった。するとその女の子は、ささっとよけて戸惑った表情をした。そりゃ当然だ。僕は

 

この子を知らない。っていうか僕の家で何してるんだこの子は? 親戚か何かが遊びに来たのか?

 

 そんなことを考えていると、その子の表情が戸惑いから泣きの手前に来ていた。

 

「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!

 

いよいよ泣き出すと、あたりにその大声が……いや、大泣き声が響き渡った。僕は耳をおさえたまま、その子

 

をなだめた。

 

「うわーーー、うるさい、うるさい、頼むから泣き止んでくれー!!

 

 その泣き声で、また誰かが近寄ってきた。近寄ってきたのは今度は巫女服の女の子だ。

 

「おい、大輔! また、ラムタンを泣かせたのか!? ラムタンが泣いたらどれだけの人が迷惑するか考え

 

!!

 

「ごめんなさい!!

 

 と、とっさに謝ってしまったが……え? ラムタン? この子が?

 

「う……う……」

 

 ラムタンという女の子は巫女服の女の子が怒鳴って去っていった後、すぐに泣き止んだ。でも、ラムタ

 

ン……どこかで聞いたような……。

 

「うう〜どうして、今日はヒドイの?」

 

「君は……ラムタンなの?」

 

「いつも大ちゃんを起こしに来てるラムタンだよぅ……」

 

 驚いた。ラムタンといえば、僕が読んだ『獣神王機ビーストキング』のヒロインじゃないか。

 

「ええ!? なんで君が僕の家に……」

 

「ご飯、冷めちゃうよ?」

 

 僕の疑問はたった一言で遮られてしまった。しかし、この子がラムタンであるとすると……、さっきの巫女

 

服の女の子は……確か……カスミ?

 

「ねえ〜、早くご飯〜」

 

 そう言うと、ラムタンは上目使いで僕の右手を引っ張った。

 

「えっ、あっ……う、うん」

 

 僕は自分の置かれている状況をよく考えた。考えようとした。でも、考えようとしたとき、もはや、考えら

 

れない状況になっていた。ラムタンが勝手に後ろから首にまたがってきたのだ。

 

「さ、行こ!」

 

「いや、その……『行こ!』じゃなくてさ、いつも肩車なんかしてたっけか?」

 

「う〜ん、いつもはオンブとか、ダッコとか……大ちゃんの機嫌がいいときはいつも……」

 

「いや! 肩車でいい! 肩車で行こう!」

 

 いやな予感がした。僕は本を読んだから分かるが、ラムタンは気分がいいときは大輔にいちゃつく傾向があ

 

る。そして今、ラムタンの気分は良くなってきている。変にいちゃつかれると僕が困っちゃうもんな。

 

 でも、ラムタンがここにいて、しかも僕を『大輔』って呼ぶってことは多分僕は今、物語の『大輔』になっ

 

ちゃったんだ。こりゃひどい夢だな。ここまでくると、さすがに夢だと誰でもわかるぞ。僕の夢もすごいこと

 

になっちゃったな。『大輔』に会いたいと強く思って寝ちゃったんだな、きっと。だからこんな夢を見るん

 

だ。

 

 僕とラムタンは食堂に行った。食堂の場所は分かってた。僕の読んだ本には挿し絵みたいな感じで地図が載

 

ってたから。偶然それを覚えてた。それで、ようやく自分の置かれている状況がなんとなく分かった。

 

 これは夢で、僕は今、物語の主人公『大輔』なんだ。ヒロインのラムタンは大輔以外の人にはじゃれつかな

 

い。これがなによりの証拠だ。それに僕の中では初対面だったカスミが話しかけてきたこともその証拠に近い

 

ものなんじゃないだろうか。

 

 半分戸惑いながらも、僕は空いていた席に座った。カスミの座っている向かい側の席だ。ラムタンも僕が席

 

に着いたのを確認すると、僕の隣の席に座って、僕に寄りそってきた。

 

「えへへ〜」

 

 無邪気というか、なんというか……。こんなにも女の子に寄り付かれたのは初めてだったから、なんか逆に

 

僕の方が固まってしまった。こんな僕たちを見ていたカスミが僕たちに向かって怒った口調でこう言った。

 

「お前たち、いちゃつくのはいつものことだから許すにしても、なぜ、私の前に座る?」

 

 僕は仲間同士なんだからきっと一緒にいつも食べているんだろうと思っていたんだが、どうやらカスミとは

 

普段『大輔』は、いつも食べていないようだ。カスミの怒った口調がそれを物語ってる。僕は即座に言い返し

 

た。

 

「た、たまには一緒に食べようよ。仲間なんだから」

 

 僕の言葉を聞いてカスミは最初少し戸惑ったような表情を見せたが、目線を左に数秒向けた後、下を向いた

 

まま二度ゆっくりとうなずいた。ラムタンも僕の言葉に続いた。

 

「そうだよぉ? たまにはいいよ。わたしは大ちゃんさえいればどこでもいいけどぉ〜」

 

 そう言った後、僕に抱きついてきて頬ずりをした。僕はなんか変な気持ちになったけど、なんかまんざらで

 

もなくなってきた。『大輔』の普段の生活のリズムがわかるような気がしたから。『大輔』の日常はラムタン

 

中心に回っていると言っても過言じゃない。少なくとも本に出てくる『大輔』の登場シーンのほとんどにラム

 

タンは出てきていたから。そう思うと急に『大輔』がうらやましくなってきた。こんなにも近くに『自分を一

 

人にさせない人』がいることに。

 

 食事中、何度も手が止まった。いろいろなことが頭の中を駆け巡ってすっきりできなかった。

 

「大ちゃん?」

 

 そんなことを考えていたもんだからラムタンが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。そりゃ、考え込んでた

 

ら心配もされるよね。

 

「え? あ、大丈夫だよ」

 

「ほんとに?」

 

「うん……」

 

 なんていい子なんだ、ラムタンは。僕のことを気遣ってくれるなんて。ますます『大輔』のことがうらやま

 

しく思えてきた。……と思っていた次の瞬間、ラムタンは僕の前に置いてあったカレーに手を伸ばし、持って

 

いたスプーンで器用にカレーの上に乗っていたハンバーグだけをとってパクッと口にほおばった。そして、幸

 

せそうにモグモグと食べて、飲み込んだ。

 

「〜〜!! おいし〜〜!!

 

 僕は呆然とした。まさか、一口でハンバーグを食べてしまうなんて。いや、それだけじゃない。なんで、急

 

に食べたんだ?

 

 あっけに取られた僕を見ていたカスミがラムタンに言った。

 

「おい、ラムタン、なぜ大輔のハンバーグを食べた?」

 

「だって、大ちゃん、いらなそうだったから……」

 

 ラムタンは何の悪びれもなく答えた。するとカスミは僕の方を見て言った。

 

「いらなかったのか?」

 

 思いのほか真剣に見てくるカスミに僕は少し驚いた。

 

「いや、その……いらなかった……かな?」

 

 と言うと、カスミは下を向き、

 

「自分の言いたいことは自分の言える時に言うんだな。後悔するぞ」

 

と言って再び食べ始めた。僕は、確かにそうかもな、と思った。ラムタンが何をしたいのか考えるべきだった

 

な、って。もっと早く考えて即答できるようにならなくっちゃ。

 

 

*     *     *

 

 

 食事が終わると、僕は少しその場で考え込んだ。もちろん、その間、ラムタンは僕に寄りかかっていた。す

 

ると、ラムタンが眠たそうに言った。

 

「大ちゃーん……ねむい〜」

 

「え? そんなこと言われても……」

 

 僕は眠たそうなラムタンの顔を一目して、どうしたものかと困ってしまった。こんなときに『大輔』はどう

 

してたっけ……。っていうか本にはこんな状況なかったぞ? さっきのカレーにしてもそうだけど。

 

「いつもの場所で昼寝するー」

 

「え? いつもの場所って?」

 

「こっちー」

 

 そういうと僕の右腕をとってラムタンは歩き出した。食堂前の廊下をぬけ、いくつか角を曲がり、階段を上

 

っていくと展望台を思わせるくらいの広さのある空間に出た。辺りには芝生のような、座って星を見るのには

 

もってこいの草地が広がっていた。

 

階段から上がってすぐに出たその空間に驚きを覚えたが、ラムタンはそんなことなどお構いなく、僕の腕を

 

ひいてその草地に唯一ある峠のような場所に僕を連れて行った。峠には大きな木が一本立っていて、ラムタ

 

ンはその根元に僕を連れて行った。

 

「連れてきたよ、『大ちゃん』」

 

 

 僕は『え?』と思った。この世界で今、『大輔』は僕だけだ。なのにラムタンは明らかに木の根元に向かっ

 

て『大ちゃん』と言った。僕の方ではなく。

 

 ラムタンがその『大ちゃん』を呼ぶと、こちらからは隠れて見えなかった木の根元の向こう側から人影が現

 

れた。

 

「ん……」

 

 そう一言いうと、その人影は僕の方に近づいてきて、僕から一番近い木の根にもたれて座った。ラムタンは

 

というと、その人影の脚を枕代わりにして寝てしまった。

 

 徐々に夜の闇に目が慣れていき、僕はその人影の正体を確認することができた。それは僕より少しだけ背の

 

高い男の人で結構若かった。

 

「おやすみなさい……『大ちゃん』……」

 

 ラムタンが本格的に眠りに入ろうと、その『大ちゃん』に寝たまましがみついた。すると、『大ちゃん』は

 

眠ったラムタンの頭をなでながらこちらを向いた。

 

「お前が『大輔』か?」

 

 僕はわけが分からなかったが、一応返事をした。

 

「そうだ。僕は大輔だ」

 

 僕が返事をすると、その男は鼻でクスクスと一瞬笑った。

 

「そうか。まあ、座れよ。立って話をするのも疲れるだろ?」

 

 なにやら親しげなその口調に戸惑いながらも僕はその男のそばに座りながら言った。

 

「あなたは何者?」

 

「俺は……」

 

 その男は大きく息を吸って吐くと、意を決したようにこちらを向き答えた。

 

「お前のよく知ってる『大輔』だ」

 

!!

 

 寒気が走った。こんなことがありえるのか? 僕の前に本の主人公がいる。驚きを隠せないまま僕は問いか

 

けた。

 

「で、でも、ラムタンは僕のことを『大ちゃん』って。それにラムタンは大輔以外の人にはじゃれつかないっ

 

て……」

 

「ああ、『大輔』にじゃれついてたじゃねえか」

 

「でも! 僕は確かに大輔だけど! それは名前が同じなだけで……その……」

 

「だから、言ってんじゃねえか。『大輔』にじゃれついたんだ。ラムタンは」

 

「でも、僕は大輔だけど! その……本の主人公なんかじゃないっていうか……ラムタンがじゃれつくような

 

主人公じゃないっていうか……」

 

「厳密にいうとな。俺が皆に頼んだんだよ。もう一人の『大輔』が今日迷い込んでくるから、普段俺に接して

 

るようにそいつにも接してやってくれ、ってな。まあ、もっとも、ラムタンには荷が重かったようだ。疲れっ

 

ちまってるからな」

 

「なんで、そんなことを!?

「ん。まあ、いろいろあるんだよ、こっちにも。それにお(めえ)が迷い込んだんだろうが……」

 

「僕は好きで迷い込んだんじゃない!! まだ何がなんだか……」

 

「フフ……。たまにいるんだ。強い想いでいろんなところにイメージを飛ばしまくるやつが。そんなやつの想

 

いは、時にその当人の魂みたいなもんを別のところに運ぶ力を持ってんだ」

 

「何を言ってるのか分からないよ!!

 

「あのなあ、言っとくけどなあ。俺だってよくわかんねえんだぞ? 同じ『大輔』ならそれぐらい汲んでくれ

 

よ」

 

「……そんなこと言ったって……」

 

「まあ、落ち着いて話でもしようや。お前、俺に『会いたかった』んだろ?」

 

全然話が理解できなかったけれど、確かに大輔の言う通りだ。そういえば、本にも大輔は考え下手らしい書き

 

方をされていた。そんな大輔にこれ以上内容を言わせても分からない。……そんな気がした。

 

 僕が小さくうなづくと大輔は再び口を開き、話を改め始めた。

 

「よし、まずお名前は?」

 

「僕は『大輔』。過想(かそう)大輔(だいすけ)

 

「出身地は?」

 

「東京」

 

「血液型は?」

 

「Bだ」

 

「だろうな。で、趣味は?」

 

「……読書だ」

 

「嘘つけ〜。お前みたいなやつは絶対本とか読まねえな。むしろ嫌いなタイプだろ?」

 

「そんなの今はどっちだって一緒だ! そういうあなたはどうなんだ?」

 

「俺か? 俺は本読みは嫌いだね。他人の書いたもん読んでたらすーぐ眠くなっちまう」

 

「あなただって変わらないじゃないか!」

 

「まあ、そんなんは『今はどっちだって一緒』じゃねえか」

 

「う……。あ、あなたの名前なんていうんだよ?」

 

「おかしなこと聞くやつだな。俺も『大輔』だよ。そうだな、お前には『逆神(さかがみ)大輔』って言った方が分かりやすいか?」

 

「出身地は?」

 

「地球の日本だ。もっとも、俺も東京だがな」

 

「血液型は?」

 

「Bだ」

 

「だろうね。趣味は?」

 

「う〜ん。俺は多趣味野郎だからな。これといったのはない」

 

「結局、あなただって曖昧じゃないか」

 

「へ! 正確なことを言ってやったまでだよ。」

 

 お互いのことを話すとしばらく沈黙が流れた。しかし、沈黙を破ったのはやはり大輔だった。

 

「他に何を聞くべきかねえ……。おい、『大輔』。こういうとき何を聞くべきなんだ?」

 

「そんなの僕に言われても……」

 

「う〜ん、なんかねえのかよ……」

 

 そういうと、大輔は頭を片手でおさえて考え始めた。僕もしばらく何も思い浮かばなかったけど、急にハッ

 

とした。僕が聞きたいことを聞けばいいんだ。知りたかったことを。

 

「なあ、大輔……さん」

 

「お? なんかひらめいたか?」

 

「いや、あなたに聞きたいことがたくさんあるんだ」

 

「なんだ。いっぱいあるなら言えばいいじゃねえか。で、なんだ?」

 

「その……あなたはラムタンのことをどう考えてるんだ?」

 

「難しいことを聞くやつだなあ」

 

「どうしても聞きたいことの一つなんだ」

 

「しゃあねえ。長くなるぞ?」

 

「ああ」

 

「そうだな。一言で言えば、『いなきゃ調子が悪い』っていうか、『たまにかまってやんのが面倒』なやつだ

 

な。まあ、こういうのは恥ずかしいんだが、『愛してる』。それはこいつがいないときが一番分かることだ。

 

お前も彼女とかいれば分かるだろ?」

 

「いや、いないから分からない」

 

「……とにかく、なくてはならない存在だ。でも、四六時中こいつのことばかり考えて自分がだめになっちま

 

うほど俺もバカじゃない。『恋に恋する』暇はねえからな。そうだな……わかりやすく言やあ、『空気』みて

 

えなやつだな」

 

「『空気』?」

 

「そうだ。『無いと息ができないくらいつらい』が、『ありすぎても困らない』って感じかな」

 

「いないと苦しくなるけど、べったり張り付いてこられても気にならない、ってことか?」

 

「まっ、そんなとこだ」

 

 大輔はなんの照れもなしに淡々と語った。僕はそんな大輔がいつしかやっぱり『自分と少し違うな』と思う

 

ようになった。僕にはこんな風に語ることはできない。

 

「他にはねえのか?」

 

 もっと聞いてこいとばかりに大輔は僕の方を見た。それでも大輔はラムタンの頭をなで、時にラムタンの頭

 

を抱え込むように抱いたりした。

 

「えっと……もっとあなたのことが知りたい……かな」

 

「女みたいなこと言うやつだな。……で、俺の何が知りたいんだ?」

 

「『人間』?」

 

「聞くなよ。俺には何を答えたら俺の『人間』を答えることになるのかは分からねえ。でもな、俺なりの説明

 

くらいはできるつもりだぞ?」

 

「説明って何の?」

 

「だぁから、『人間』の……だ。まあ、一言に『俺の人間』っていってもな、俺と二十四時間一緒にいるこい

 

つぐらいしか分かんねえぞ?」

 

 そういうと大輔はラムタンに目線を落とした。確かにそうかもしれない。ラムタンなら大輔のこと、少しは

 

わかるかもしれない。いや、少しじゃないな。大輔のすべてがわかるかもしれない。なんせいつも大輔に張り

 

付いたりしているようだから。

 

「ラムタンはいつもあなたに抱きついてきたりしてるのか?」

 

「ん? 急に話が変わったな。ん、確かにいつもしがみついてきてるみたいだな」

 

「肩車……とかも?」

 

「まだそれならマシだ。いつもはもっとひどいぞ?」

 

「ひどいって何が?」

 

「……お子様は知らない方が身のためだ。刺激が強いからな……いろいろと」

 

「……?」

 

「で、『人間』がどーのって話はもういいのか?」

 

「ああ、そうだった。そうだな……。あなたにとって『大切なもの』とは?」

 

「んん、そうだな。『大切じゃないものなんか無い』んじゃねえか? こちとら、『大切なもの』を奪われな

 

いために、失くさないために戦ってんだ」

 

「あなたに『敵』なんかいるのか?」

 

「いるさ。でもな、俺たちもそうだがお前にだって敵はいるだろ?」

 

「いないよ」

 

「いいや、いる。常に決まってる『絶対的敵』なんかいない。でも、いつも自分の心から生まれる『闇』とか

 

『よどみ』、『迷い』なんかが敵なんだ。目に見えた敵なんか怖くはない」

 

「でも、あなたはいつも戦ってきたんじゃないか。その度に恐怖もしたんじゃ……」

 

「したな」

 

「それは目に見えた『敵』に怯えたからなんじゃ……」

 

「確かに。でも、こうやって戦いが終わって考えてみると、そのとき俺が怖がっていたのは敵じゃない。『負

 

けるかもしれない』、『死ぬかもしれない』、『もうダメかもしれない』っていう自分の『弱さ』なんだよ。

 

何もできないような……な」

 

 

*     *     *

 

 

話は何時間に及んだかは覚えてない。でも、僕と大輔は語った。僕が彼を知るために。彼は包み隠さず自分

 

のことを話してくれた。気づけば僕も彼に包み隠すことなく自分のことや、その時々の状況での考え方、想

 

いを語っていた。

 

 話が盛り上がり、お互いの声が大きくなり始めたとき、ラムタンが急に目を覚ました。

 

「うみゅう……」

 

「おっ、ラムタン起きたのか?」

 

「う〜ん、おはようございまぁす」

 

 ラムタンの目は虚ろだった。まだ眠いのかもしれない。声もあくび交じりだった。ラムタンが大輔の足から

 

頭を起こすと、大輔はすくっと立ち上がり、僕を見て言った。

 

「俺は獣神のところに行ってる。ラムタンと少し話してみな。そうすれば俺のこと、ちょっとは分かるかも

 

な。まあ、話し方が子供っぽいからわかりやすすぎて逆に分からないかもしれないけどな。話が終わったら来

 

な。俺からもお前に言っておきたいことがある」

 

「今言えばいいじゃないか」

 

「『言いたいことは言えるときに言わなきゃ後悔する』が、物事には順序があるんだよ」

 

 僕の肩をポンとたたくと、大輔は行ってしまった。残された僕はラムタンに話してみることにした。彼の言

 

葉通りに。

 

「ラム……タン?」

 

「なぁに?」

 

「全部聞いたよ。ラムタン、僕にしがみついてくる演技までしてたんだな」

 

「大ちゃんがそぅしろって。でもぉ、あなたも『大ちゃん』なんでしょ?」

 

「まあ、僕も大輔だけど。ラムタンが好きな『大輔』とは違うよ。なのに……」

 

「ならいいの。大ちゃんの言うことだから信じただけだよ? 『いいやつ』だからって。やってくれって。で

 

も嫌じゃなかったよ」

 

「そっか……。なあ、ラムタン。一つ聞いてもいいかな?」

 

「なぁに?」

 

「『大輔』のこと、好き?」

 

「うん! 大好き!」

 

「どこが好き?」

 

「全部!」

 

「ハハ……そう……。でも、大輔は『いないと息ができない』って言ってたよ」

 

「本当!? 照れちゃうよぅ……エヘヘ……」

 

「大輔ってどんな人?」

 

「やさしくて、強くて、おいしくて(?)、頼もしくて、ご飯くれて、一緒にお風呂に入ってくれ……」

 

「いや! ラムタン! もういい!」

 

「?」

 

 なるほど。大輔が『刺激が強い』と言った意味が分かった気がした。ラムタンはなんの悪びれもないから、

 

純粋すぎるから大輔にとって『空気みたいな存在』なんだ。

 

「どのへんが好きなんだ?」

 

「全部だよ?」

 

「いや、そうじゃなくて……。そうだな……」

 

「ふみゅ?」

 

「どういうときに『好き』って思うんだ?」

 

「いつもだけど?」

 

「ああ……えっと……特に『好き』って思うときだよ」

 

「いつもより好きって思う、ってこと?」

 

「うん、それ、それだよ」

 

「う〜ん……それもいつもだよぅ。でもでも、大ちゃんは私の『好きな人』だもん。『好き』に『いつもよ

 

り』とかわからないよぅ」

 

「う〜ん、なんて聞けばいいんだ?」

 

「ねえねえ、大ちゃんは『大ちゃん』のなんなの? 友達?」

 

「えっ……それは……」

 

「『大ちゃん』が言ってたの。『俺の友達が来るから、そいつにいつも俺にしているようにやってくれ』っ

 

て」

 

「僕が来ることを知ってたの?」

 

「うん。もうずっと前から」

 

「なんだよ。じゃあ、皆の方が僕より先に僕のこと知ってたみたいじゃないか」

 

「『大ちゃん』はいつもかけてほしい言葉をかけてくれるの。だから、大ちゃんにもそうしたかったんじゃな

 

いかなぁ?」

 

「僕と話すためにわざわざこんな状況を作ってくれてたっていうの!?

 

「……たぶん」

 

 なんということか。僕がここに来るのを予見してて、僕が彼のことが知りたいってことを知っててわざと僕

 

に『大輔』を体験させたってことなのか? 『大輔』……なんて恐ろしいんだ。結局、僕は彼のこと何にも分

 

かってなかったみたいだ。彼が話してくれた彼のことはまだまだ氷山の一角にもならないのか。

 

「あっ……あの〜」

 

「はい!!

 

「わあ!!

 

 僕が考え込んでいたら、ラムタンがいきなり視界の大きく現れたもんだから、僕はびっくりした。そして、

 

僕がびっくりするのを見て、ラムタンもびっくりした。

 

「お腹すいたよぅ……」

 

「ええ!! さっき食べたばかりじゃないか!?

 

「お腹すいた!!

 

「わかったわかった。あとでまた食いに行こう。その前に『大輔』のところに連れて行ってくれないか。『獣

 

神』のところに行ってるって言ってたけど……」

 

「じゃあ、案内するから、早くしてね!」

 

「あ、ああ」

 

 ラムタンは僕の手を取ると走り出した。よっぽどお腹が減っているとみえる。数分走らされると、格納庫と

 

書かれた部屋に連れて行かれた。そこには本の世界で描かれていたたくさんの巨大ロボットがあった。

 

 その中でも一番奥にある機体の前に大輔が立っていた。

 

「来たか……。待っていたぞ……」

 

「敵みたいなこと言うなよ……」

 

 大輔に近づくとラムタンは大輔に向かって走っていき、飛び上がってヒップドロップをするかのように、大

 

輔に落ちた。大輔はすかさず、背中を天に向け、そこにラムタンが落ちてきた。再びこちらを向いたときには

 

ラムタンは大輔におんぶしてもらっていた。もっともこちらから見ると大輔の顔の横にラムタンの顔があり、

 

まるで双頭の人間のようだが……。

 

「『大ちゃん』、ご飯……」

 

「ああ、後でな。少しは我慢しろ。……で、少しは俺のこと、分かったか?」

 

「いや、結局、何一つ分からなかったよ」

 

「そうだろうな」

 

 大輔は当然のことのように言った。

 

「こいつは、純粋だ。素直で、おっちょこちょいで、んで、バカなんだよ」

 

「ラムタン、バカじゃないもん!!

 

「ラム、黙ってろって。俺は今、『大輔』と話してんだからな。人一人のことを分かろうとするのは簡単なも

 

んじゃないだろ?」

 

「そうだな。特にあなたのことは多分一生かかっても分からないだろうね」

 

「ハハハ。そんなことはない。いずれ分かるときは来るさ。同じに『人間』だ。分からないことはない。お互

 

いのことを分かるには時間がかかるのさ。それもかなりな。離れ、近づき、そして離されて、近づかされ

 

て……。そうでもしないと、俺の『人間』はおろか、他のやつのこともわかんねえ。俺もラムタンも相当な時

 

間がかかった。初めてこいつに会ったとき、こいつ、俺に何をしたと思う? かみついてきやがったんだ。

 

『人間』の出会いも時にわからねえもんさ」

 

「そう……だな。うん、今なら分かる気がする」

 

「まあ、焦らねえこった。時間は無限にある。寿命はあるけどな」

 

「ああ、『最適の遺伝子を後世に伝えるための猶予期間』ね」

 

「ん。まあ、そんなとこだ」

 

 

そう言うと、大輔は前にある機体を見上げた。

 

「これは『ビーストキング』。胸部になんかの獣の形をした頭部があるだろう? 俺だって何年もこいつで戦

 

ってきたが、未だこいつのことだって分からない。さっきもこいつと話をしてた。機械が話すわけないけど

 

な。昔から、『人間』でもねえやつに話しかけたり、問いかけたりする癖は治らねえみてえだ」

 

「『いずれ分かるときは来る』よ」

 

「言ってくれるじゃねえか」

 

「フフ。あなたが教えた言葉でしょう?」

 

「それも二、三言前にな。まっ、なんだ、その、あれだ。『いずれ分かる』さ、俺のことも」

 

「なぜ?」

 

「『人は生きてる間は時間と共に夢を見る』からさ。その『夢』から、現実にはありえない知恵をもらえるこ

 

とがある。現実ではありえない発想もな。いつまでも夢を見ていくことだ。なんせお前がここに来れたのも、

 

俺がここに来れるのも同じ『夢追い人』だからさ。もっとも、俺がお前を見るのは俺自身の『足跡』を見るよ

 

うなものだがな」

 

「はっ?」

 

「『いずれ分かる』さ。『いずれ分かる』のを『夢』を見ながら、『夢』を絶やさず『追い続け』な」

 

 

分からないことだらけだ。大輔が何を言ってるのか、何が言いたいのかさっぱり分からない。俺の知りたい

 

『大輔』はやはりまだ俺の手の届かないところにいるようだ。

 

 僕は最後に彼に一番気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「なあ、『大輔』……さん」

 

「大輔でいいよ。お前はもう友達みてえなもんだからな」

 

「じゃあ、大輔。もう一つ、聞いておきたいことがあるんだ」

 

「なんだ?」

 

「僕があなた達のことを少し知ってるのは、僕が初めて全部読んで印象に残った本のせいなんだ」

 

「ほう……。それで?」

 

「その本のタイトルは『……神……王……ビー……キン……』で、あとがきも、作者名も書いてなかったん

 

だ。なんでか、あなた……ら、知って……んじゃ……。あ……れ? うまく話せ……い」

 

「それはな……」

 

 

*     *     *

 

 

 目の前には本があった。いや、正確には本に視界を遮られていた。とっさに『夢か……』とつぶやき、僕は

 

夕食を食べに母さんの待つ居間に行った。その日がカレーだったのは今でもよく覚えている。

 

 もしかしたら、いくつもの偶然が重なり、僕は『大輔』に会えたのかもしれない。『夢』の中で……。

 

 僕は起き上がって本を手にとってペラペラとページをめくった。不思議なことにいくつかの空白のページ

 

が、空白だったはずのページがうまっていた。その何ページかの空白のページにはこう書かれていた。

 

 

 はしがき

   我が遠い日の思い出へ

 

いずれ時間が君に教えてくれることがある。

 

 あとがき

   我が遠い日の想い出へ

 

夢見ることをやめないことだ。

そうすれば、君はいつでも俺に会うことができる。

 

 そして、まさかと思い、作者名の書いてある表紙に目を通すとそこには『夢追い人』と書かれていた。それ

 

も手書きのサインにも似た筆跡で。しかもその筆跡をよく見ると、あとに書かれたものらしく、何かが書かれ

 

ていた上から『夢追い人』と書かれたようだ。

 

 その『夢追い人』と書かれた下に薄く文字が残っていた。薄すぎて全部は分からなかったが、確かに最後の

 

二文字は『大輔』だった。

 

背筋が震えた。さっきまで見ていたのが、『夢』かどうかも疑わしくなってきた。

 

 そんなことを経験したものだから、今でも寝る前に僕はそのことを思い出す。いや……想い出す。

 

 

 数年後、僕は……いや、俺は大きな木の下にいた。

 

数々の戦いを経て。

 

この日は運命の日だった。

 

あの日の答えを、あの日黙るしかなかった答えを話すための。

 

 遠くから、愛しき人の声が聞こえる。その声は近づいてくる。

 

 高い半分浮いたようなしゃべり方で俺を呼ぶ。

 

 その手には誰かの手。

 

 どうやら、あの日の思い出を連れてきたようだ。

 

 がむしゃらに会いたいという想いの力で迷い込んだ……。

 

 愛しき人の声は俺に言う。

 

「連れてきたよ、『大ちゃん』」

 

 俺はそれに答える。

 

「ん……」

 

 その後、その愛しき少女は俺の脚を枕に寝てしまう。

 

「おやすみなさい……『大ちゃん』……」

 

 俺にしがみついて寝るその少女の頭をなでながら、俺はその少女の連れてきた『遠い想い』に問いかける。

 

「お前が『大輔』か?」

 

 その『遠い思い出』は戸惑いながら返事をした。

 

「そうだ。僕は大輔だ」

 

 俺は『そういえば、そうだったな』と思いながら微笑し、そいつを近くに来させるために言う。

「そうか。まあ、座れよ。立って話をするのも疲れるだろ?」

 

 

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